京の呼び掛けに反応したのか、
ヒューヒューという音を洩らしながら、獣の目が開かれる。

「俺……を……城内へ……運んで…くれ……」
「っ…わっわかった!!」

指示に従って、傷付いていない方の腕を肩に掛け、
何とか立ち上がらせてやる。
しかしさすがにこの巨体を運ぶ事は出来ず困っていると、
熊の大門が駆け付け、獣を運んでくれる。








「何故…戻って来た……」

城内の広間にその身を横たえさせ、応急処置が施される。
京はしっかりと獣の手を握りながら、
虚ろに淀みつつある獣の声を聞く。

「奴等がここに来たのは俺のせいだから。
 だからせめて逃げて欲しくて……………
 謝りたくて戻って来たんだ」
「そう…か」

微かに口の端を歪める獣。
次第に弱って行く様子に、京の鼓動が早くなる。

「アンタこそっ…何で俺を庇ったりしたんだよ…
 誰も信じないんじゃなかったのかよ…
 俺はもう必要ないんじゃなかったのかよ……っ」

「お前…は…俺……に光を………くれた。
 お前と…過ごし…た日々は……楽しくて……
 いつ…しか……お前は……俺…の全てに……。
 お前が…傷…付くのは……見たく……なかっ…た」

ゆっくりと血に染まった手が京の頬に触れる。
支えるように上から手を添えながら、獣の手に頬を擦り寄せる。







「お前…を……愛……してた…………………
 お前に……あ…えて…………よかっ……――――――」






ズルリ、と血からなく腕が落ち、獣の体から力が急速に抜け落ちる。
京は目を見開いたまま、獣の手を握って呆然としている。

「……何だよ、眠っちまったんだろ?
 アンタ呪いで永久に生きなきゃいけないんだろ!?
 冗談………キツイって……………」

引き攣った表情で呼び掛けるが、反応は返ってこない。
周囲で静かに見守っていた家来達の中から、
紅丸が側にやって来る。

「魔法の力で多少の傷は癒せる。
 でも……傷があまりにも深過ぎて………
 多くの血を…失ってしまった…―――」

京の手に触れ、悲しそうに首を横に振る。






「ウソだ……っ……――――
 俺、まだアンタの名前聞いてない!!
 アンタに名前呼んでもらってない!!
 アンタに………大事なこと…………
 まだ……言ってない……のに……っ」



目頭がカアッと熱くなり、じんわりと視界が歪んで行く。










「俺ッアンタの事ッ………………好きだって…
 愛してるって……まだ伝えてない………!!!!!!」



堪えきれず溢れだした涙が、頬を一筋流れて行く。

「せっかく…お互い好きだって……わかったのに…っ
 俺をっ…俺を置いていくなよ…………ッ1人にすんなよォッッ!!!」




頬から流れた涙の粒が獣に降り注ぐ。
その瞬間、獣の身体が眩く輝き出した。
目も開けていられぬ程の強い光に、そこにいた全ての者が目を閉じる。


その瞬間、何かが大きく弾けるように、
パァンッ!!と大きな音が響き渡り、それと同時に光が急速に弱まって行く。





















「こっ…これは―――――」



光の中には、黒いマントを纏い、燃えるような赤い髪をなびかせ
己の手や身体にペタペタと触れながら、
精悍な男が呆然とそこに座り込んでいた。
その隣で、京は男の手を握り、涙に濡れた顔のまま、
開いた口が塞がらないようにポカンとした様子でその姿を見ている。


「京……」


そっと名を呼び、幾分小さくなった手で、男が京の頬に触れる。
その感触にハッとしたように震えると、
京の瞳と男の瞳が見つめあう。


「お前のおかげで人の姿に戻る事が出来た…感謝する」


穏やかに微笑む男に、京の目から再び涙が溢れ出す。

「………っ!!!」

言葉に出来ない喜びに、京は思わず男の首に抱きついた。
1秒でも離れるのを惜しむように抱き締めあう2人。
その姿勢のままで、男が京の耳に囁く。


「改めてお前に言おう。
 京……俺はお前を愛している。
 だからお前の気持ちを、もう一度俺に教えてくれ」


涙を拭う為に顔を上げて、もう一度男の顔を見る。
獣の面影はほとんど残っていないが、
血のように赤い髪と黄金の瞳は変わらぬまま、
王者たる風格を秘めて自分をみつめている。

「その前に…名前……名前教えてくれよ」
「………そういえば教えるのを忘れていたな。
 俺の名は『庵』という」
「庵………」


心に刻むように何度も呟いて、真直ぐに相手を見据える。



「庵…俺は貴方を愛しています。
 世界中の誰よりも…………っ」

言葉の途中で庵に唇を塞がれる。
頬を染めながらも抗議の意味をこめて相手を睨む。

「それから先は…言わなくてもわかっている」

ニヤリと笑うその顔に微笑みを返し、
今度は気持ちを伝えあうように深く唇を交わす。



するとまるでシャボン玉が割れて弾けるように、
紅丸達の姿が次々と人の形に戻っていく。
城も水で洗い流されたように、禍々しい様相から
美しい白亜の城へと変貌を遂げる。












喜びに沸き上がる城を見下ろしながら、
2人の恋人は微笑みを交わしあう。

「良かったな、皆元に戻って」
「ああ」





「――なあ、もう1回俺の名前を呼んでくれねェかな?」

「……ん?」





「俺さ、庵が俺の名前を呼ぶ声が、凄く好きなんだ」











































こうして、呪われた城に棲む魔獣の物語は終わりを告げ、
2人の新たな物語が 今 始まる―――――――――――








































*あとがきと言う名のオマケ*