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ピピピッと小さな電子音がして、懐から体温計を出す。 正面に座った人物にそれを渡すと、表示を見た眉間が深い皺を刻む。 「………38.5度」 少し怒りを含んだような声が、端的に計測結果を告げる。 それを聞いて「しまった」という様に、サッと視線を逸らすものの、 この場から逃げない限り、全く意味をなさない行動なのだが。 「全く……自己管理を怠り過ぎも甚だしいな」 心底呆れ果てた様子で溜息をつきながら体温計を元の位置に戻し、 ベッドの中で不貞腐れて頬を膨らます顔に、冷却ジェルシートを貼ってやる。 「売られたケンカは買わねェワケにはいかねェだろ〜が〜〜〜……」 「風邪気味の身で雨の中戦うバカはおらんと思うがな」 「………何にせよ勝ったんだからイイじゃんか」 「帰宅した途端にブッ倒れた奴が何を言うか」 痛いところを突かれてうぐぅ…と呻きつつ、顔を合わせたくないのかゴロンと背を向ける。 溜息混じりにその背をみつめながら、先程までの出来事を振り返る。 作曲の仕事をしていた庵は、どこかへ出掛けていたらしい京の気配を玄関先に感じ、 迎えに出ようと足を向けると、ちょうど扉が開き、京が入って来たところであった。 その姿はズブ濡れで泥に汚れ、腕には血もついている。 何があったのかは容易に知れたが、事情を問いただそうとした瞬間に、 京はガクリと膝をついて目の前の床に倒れ込んでしまった。 抱き起こした身体がかなりの熱を帯びていたので、慌ててベッドへと運び、 服を脱がせ身体を乾かすなどの処置を施して、現在に至るのである。 「幸い俺が家にいたから良かったものの…もしいなかったらどうするつもりだ」 先程よりも幾段か語気の弱まった言い方に振り返ると、悲痛な表情を浮かべる顔が見えて、 心配のあまりの怒りであった事に、不貞腐れた気分が一気に晴れる。 「………ごめん」 心底申し訳ないという気持ちで謝罪すると、暖かな手が髪を撫でていく。 許された事に気が緩むと、一緒に空腹感も出て来て、キュルル〜ッと悲鳴を上げる。 思わず赤面する京に苦笑を返しつつ、需要に応えるべくキッチンへ向かう。 「…………………」 ほんわりと湯気を上げつつ、鮭の香りを漂わせたお粥が目の前に置かれている。 ……それはいいのだが、何故か自分の膝元には置かれず、庵がそのまま所持し、 熱を冷ます為、すくい上げた粥にフーフーと息を吹きかけている。 「口を開けろ」 「そこまで弱ってねェよ!!」 庵自らたべさせてくれるつもりだったようで、あまりの衝撃に思わず叫ぶ。 咳き込みつつも粥の入った容器を奪い取り、改めて口に運ぶ。 「ったく、恥ずかしい事しやがって……熱上がったらどうしてくれんだ」 「冗談を真に受けるな」 「………………………」 恨めしげにギロリと上目遣いに庵を睨むが、効果はまるでなかったようで、 代わりにいつの間に貰ってきたのか、薬入りの袋がパサリと置かれる。 「それを食ったら薬を飲んでサッサと寝ろ」 「へいへい」 深夜――― 水面へ浮上する様にゆっくりと意識が覚醒していく。 状況を把握するようにぼんやりと周囲を見回すと、窓から淡い光が差し込んでいる。 その光を辿って外に視線を向けると、蒼い三日月が寒々しい夜空に輝いていた。 ふと眼の端で何か動く気配がして、いまだ微睡みの中にいて正常に働かない脳をフル回転させて、 ゆっくりと身を起こし、その方向に何とか首を捻る。 …そこにはぼんやりと月を眺める庵がいた。 月光に白く照らされながら佇む姿は、さながら1枚の絵のようで。 しかしながら、その優美さとは裏腹に、月に攫われてしまいそうな危うさを漂わせ、 眺める京の心に言い知れぬ不安をかき立てて来る。 「…………………な」 「……起きたのか。…………京?」 のそりと起き上がった気配を感じて視線を京へと向けるが、何か様子がおかしい。 そのままベッドから下りると、フラフラと庵に近付いて来る。 「………!! おい!!」 ヨロけて倒れ込んで来るのを慌てて受け止め声を掛けるが、眼は熱に浮かされているのか 焦点の定まらない様子で庵に手を伸ばして来る。 「行くな……」 「京…?」 ギュッと庵の服を掴むと、身を寄せて強くしがみついてくる。 驚きながらも様子をうかがっていると、 「行くな……行っちゃだめだ……庵」 なおもうわごとのように同じ事を繰り返して、何かに奪われないよう、 離れないように必死な様子でシャツを握りしめている。 「どこへも行かんから安心しろ……俺はここにいる」 応えるように抱き締め、頬を撫でながらそう言うと、落ち着いた表情に戻り、 ゆっくりと眠りの底へ再び沈んでいった。 「全く……妙な事を口走りおって。大方変な夢でも見たのだろうが……」 抱きとめた姿勢のまま、眠りを見守るように頭を優しく撫でて、 汗で顔に張り付いた髪を払ってやる。 「………ようやく手に入れた愛しいものを、自ら手放す程、俺は愚かではない」 そう言って額に優しい口付けを降らせる。 京はそれをくすぐったそうに身じろぎすると、庵の胸に頭をすり寄せ、 「いおり」と小さく呟いて、幸せそうな微笑みを見せる。 「お前のその顔には、勝てる気がせんな……」 呆れたようにそれをみつめながら、今度は唇に口付けを落とした。 翌朝。 薬が効いたらしく、すっかり元気になった様子で、京が朝食を摂るべくリビングへ現れる。 しかし、何やら釈然としない表情で、しきりに首を傾げている。 その先で新聞を読んでいた庵は、眼鏡を少しズラしつつ、 チラリと視線を向け「どうした?」と尋ねる。 「ん〜?ん〜………」 生返事でいまだ寝惚けているのか、ボリボリと頭を掻きながら、ポツポツと喋り出す。 「何かさ〜……お前にチューされた夢……見た気がすんだよな〜……」 『でも何か感触がリアルな気も……』と?が沢山浮かんだ表情で、 困惑したように、夢の中?の出来事を思い出そうとしているらしい。 それを見ていた庵の口元が、京に見えない位置でニヤリと歪む。 「そうか、それは良かったな」 口調はそっけないものだったが、内心では笑いを堪えつつ、新聞を読み進めていたが、 突然バサリと剥ぎ取られ、代わりに京がドサリとその膝に座り込む。 「―――おい」 怒気を込めた声で迷惑そうに睨むと、手が伸びて来て更に眼鏡を奪われてしまう。 その行方を何のつもりだという言葉を込めて追う。 「出来れば夢で終わらせて欲しくねェんだけど」 ニッコリと満面の笑みで言う相手に、珍しく虚をつかれたように、眼を見開いて驚く。 しかし、庵も慣れたもので。性格に意味を理解すると、京がズリ落ちてしまわないよう 腰に腕を回して支えつつ、その身を引き寄せる。 「珍しく甘えてきたものだな」 「病み上がりなんだから甘やかしてくれてもイイじゃん」 「どういう理屈だ」 変わらず微笑む京に苦笑を返しつつ、唇を重ねるのだった。 久々に、誕生日小説ではない作品を書いてみましたが……いかがでしたでしょうか? 作品よりも、タイトルどうしようかとメチャ悩みました………(汗) デロ甘……(汗)書いてる自分が身悶えしまくりでございましたよ(笑) 切ないお話も書いてみたいんですけどね〜(いや、ハッピーエンドではあるんですけどね) こういうほのぼのラブ……ってかバカップルが楽しいです。 今回は風邪ひくっつーベタなネタで攻めてみました。 しかし、風邪ひくと、何であんなに精神的に不安定になるんでしょうね? 薬飲んでる限りは死の危険なんかないでしょうに。謎だ…… でもいつも強気な人がちょっと弱気になると悶えますね(笑) 今回は京ちゃんでしたが、庵さんでもイイかもしれないv ……その場合は襲われてしまう率がグーンとアップしますけどね… 小説的にも庵京的にも久々で、ちょっと楽しかったですv やっぱイイな〜庵京は!!(笑) |