『なぁ、オフクロ。ちょっと頼みたい事があんだけど………』


そう実家に電話したのは、バレンタインデーも押し迫った、2月12日の事だった


「ねえ、今年は庵さんに何あげるの?」

学校帰りにユキと真吾の3人で立ち寄った本屋で、ゲーム雑誌を立ち読みしている京に、
ユキが覗き込むように質問してきた
「そっか……もうそんな時期か〜……」
質問された方はというと、すっかりそんな行事を忘れていたらしく、感慨深げに呟く
「…………ホントそういうところは相変わらずね〜」
「何だよそれ……」
呆れた、と言いながらも楽しそうにクスクス笑うユキに、少し膨れた様子の京もつられて微笑む

一見恋人同志のように見える2人だが、実際は違う
確かに過去恋人という関係ではあったが、現在2人は別れ、京には『八神庵』という恋人がいる
そして庵との関係は身内公認の仲となっており、
ユキは今京の『親友』というポジションに落ち着き、良き相談役となっている

「じゃあ、まだ何をあげるかも考えてないんだ」
「………」
「バレンタインデーまであとちょっとしかないよ?」
「…………うぅ……どうしよう……ユキ〜」
既に端から見れば女子高生同志の会話状態(笑)
何となくその場の雰囲気に馴染めなくなった真吾は、
「本を探して来ます」と言って逃げるようにその場を離れて行く
ユキはその背を見送って、いたずらっぽい瞳で京に振り返る
「ーで、どうすんの?」
「…………何がいいと思う?」
困り果てた様子の京に苦笑しながら、そうね、と言って女性向けの雑誌を手に取り、パラパラとめくる
「今はね、『手作り』がイイんだって、だから京も何か作ってみたら?」
その特集の組まれたページを見せてくれたので、京はそれを手に取って見てみるが、
内容はマフラーやらセータやらで時間もかかり、自分の性分に合わないものばかりだった
ガックリと肩を落とし、無意味にパラパラとページをめくっていた京が、ふと何かに気付く
「……そういういユキはどうするんだ?」
「あたし?あたしはね〜、手作りケーキにしようと思って。
 しかも店で売ってるような本格的なものに挑戦するの!!」
2人にもあげるからね、と誇らしげに言って、ポンと手を叩く
「そうだ、ケーキでも作ってみたら!?……あたしのやり方は慣れてないと大変だけど、
 普通のケーキなら簡単だし、チョコは庵さんの事だから
 他の人からいっぱいもらっちゃうし、イイんじゃない?」
「ケーキか………」
そう呟いてしばらく考え込む。
ー庵は甘いものが嫌いではないし、
自分の手作りとあればかなり喜んでもらえるのは明らかだし、悪い提案ではない
「……よし、やってみるか。有難うな、ユキ!!」
そう言って駆け出して行く京を微笑ましげに見送るユキの横で、
戻ってきたはいいが事情が全くわからず呆然とする真吾
ユキはその姿に苦笑すると、説明するからと言って真吾を材料の買い出しに連行するのだった


「……しまった。『作る』って意気込んだはいいが……何をどうすりゃ出来んのか全然わかんねえ(汗)」

気合いのままに自宅に突進してしまい、今頃になって一番大事な事を忘れた事に気付き、
あのまま本屋で調べれば良かったと後悔するが、事既に遅し
どうしようか悩みに悩み抜いた結果、一つの考えが閃く

「そうだ!!オフクロに聞けばわかるじゃねえか!!」

そして最初に戻り………実家の母・静に連絡を取ったのであった




「それで?どんなケーキを作りたいの?」

急いで実家に戻り、事情を説明すると、静は手伝いを快く引き受けてくれた
しかし、どのようなものにしたいのかわからなければ、手伝いようがないというもの
京も京で『ケーキを作る』という事しか頭になく、具体的なものはなかったようで、
静が出して来たお菓子のレシピの本の写真を見せてもらう
「バレンタインだし……これなんてどうかなぁ?」
京が指差したのは、いかにも甘そうなチョコレートケーキ
「……貴方らしいわね」
いくら庵が甘いものが嫌いでなくても、これはさすがにどうだろうかと思ったが、
京が作ったものなら庵は何も文句も言わず食べるだろう
それを想像してクスクスと笑う自分の横で、「何だよ〜」と膨れている我が子の姿に更に笑いながら、
そこに記された材料のリストを見る
「今うちにある材料では足りないわね……買い出しに行きましょうか」


庵へ
 
今日は実家に用があるのでこっちに泊まる
明日には帰るから心配すんな

「静さんに何か頼まれ事でもされたか……柴舟のいやがらせでなければいいが……」
テーブルの上に無造作に置かれた、走り書きのメモを手に取って呟く
余程急ぎの用だったのだろう、かなり文字が荒く読解するのに時間を要した
「そういえば……もうすぐバレンタインか……」
ふと見たカレンダーの日付けを見て気付く
「………何か買ってやらんとうるさいか……」
そう呟きつつ、何がいいだろうかと思考し始めた自分に気付き、
以前の自分では考えられなかった行動に苦笑する

自分には最も縁のなかった事……何をすれば喜ぶか、などと考える行動……そして、愛情


「……随分と感化されたものだな……」
苦笑しながらも、メモの向こうにいる相手の笑顔を思い浮かべ、愛しげに目を細めるのだった


一方草薙家のキッチンでは、材料の買い出しを終えた京が、
静に手伝ってもらいながらケーキの下準備を始めていた
そのいい匂いに誘われたのか、父・柴舟がキッチンに顔を出す
「お、何じゃ京、珍しく料理なんぞしおって。色気付いたもんじゃな〜……」
「あら」
「っせえな!!こっちに集中してんだから邪魔すんなよ親父!!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして怒る我が子をよそに、何を作っているのかと手元を覗く
「………チョコレートか。乙女じゃな〜」
髭をいじりながら口元をニヤニヤとほころばせ、
ニクイねと京の脇を肘で小突くと、更に耳まで顔を赤らめる
「……ほっとけよ!!親父の分も作ってやるから、ひやかしに来んな!!引っ込んでろ!!燃やすぞ!!」
「ほいほい、せいぜい失敗せんように頑張るんじゃな〜」
ムキになって叫びながらグイグイと背中を押してキッチンから追い出そうとする京に、
ヒラヒラと背で手を振りながら最後の憎まれ口を叩きつつ、
楽しそうに口笛を吹きながら柴舟は退散していく
「ったく………何しに来たんだか」
真っ赤になってハーハーと息を荒げる京の後ろで、静はクスクスと面白そうに微笑んでいる
「…………何だよ」
「だって……娘と父親の会話だったから」
「オフクロまで!!」
ウキー!!と悶える京を楽しそうに眺めながら、ポンポンと肩を叩いてなだめる
「さ、早くしないとチョコが固まってしまうわよ」

…………………すっかりほのぼの家族……


初めてのケーキ作りではなかなか上手くいかず、失敗作が次々と出来上がっていく
作業をやり直していくにしたがって、次第に京の表情は暗く沈んでいく。それに気付いた静が声を掛けると、
「……やっぱり無理だったのかな…」
自信をなくし、これを選んでしまった事を後悔しているらしく、始終溜息をついている
「庵さんの為に作りたいのでしょう?じゃあ頑張らないとね」
「でも……」
京の心の中には、先程柴舟が残した『失敗』という言葉が渦巻いており、それが表情を曇らせているようだ
静はそれに気付き優しく微笑むと、京の頭をそっと撫でる
「大丈夫、気持ちがこもっていれば、おのずと料理は美味しくなるものよ。
 あなたの庵さんへの想いは誰にも負けないでしょ?だったら絶対上手くいくわ」
その言葉に元気が出たのか、大きくうなづいて拳を握りしめる京
「ありがと……俺、頑張るよ」
その姿に微笑みながら、『後で柴舟を懲らしめてやらなければ』と考えている母・静であった



翌日の夕刻、庵が出掛けて行く時間を見計らって、京はコッソリと帰宅した

気配を殺しつつ、極力音をたてないようにそろりとドアを開け、玄関先に靴がないかを調べる
運良く庵は出掛けてしまった後のようで、フーーーッと息を吐きつつドアを閉める
「ったく……なーんで自宅でこんなコソコソしなきゃいけねんだってのな。これじゃまるで泥棒じゃねーか」
誰もいないとわかって気が大きくなったのか、自分の姿にケラケラと笑いながらドカドカと居間へ入る

「…………同感だな」

「うぉわッ!?」

背後からした声に振り向くと、自分と同様に
気配を消して近付いてきたらしい庵が腕組みして立っている
あまりに驚いて手に持っていた箱を投げ飛ばしそうになったが、
すんでのところで引き戻し、背後に隠す
「何をコソコソとやっている。俺に知られたくない事でもあるのか?」
不機嫌な様子で立つ庵に、背後に隠した物を見せるべきかどうかで頭の中はパニックニなっていた
事情を話さない自分に不機嫌さを色濃く現わし始めたので、意を決して箱を差し出す
「……?何だ」
「……ホントは明日だけど……バレンタインのプレゼント。やっぱ…誰よりも先に渡したいから……」
うつむいて箱を差し出す京だったが、耳まで赤いので今どういう表情なのか庵にはバレバレだ
とりあえず箱を受け取ってみると、ほのかに甘い香りがする。
箱を開けてみると、中には小振りのチョコレートケーキが
「普通のチョコは明日いっぱいもらうだろうからさ、ちょっと違うものにしようと思って。
 甘さは控えめにしてあるし、ちゃんと味見もしたから………一緒に食べよう?」

「……………………」

庵がケーキをみつめたまま押し黙ってしまったので、
嫌いだったのだろうかと心配になり、顔を覗き込もうと近寄る
すると側のテーブルにケーキを置いて、無言のまま京を引き寄せる
「……!?いっ、庵!?」

腕の中に閉じ込められてしまいジタバタと慌てる京の目の前に、
掌サイズのしっかりした箱が差し出される
「ではお返しに……俺からのバレンタインプレゼントだ」
「……え?」
箱を受け取り開けてみると、
中からは耐圧防水加工のされた、流行のデジタル腕時計が現れる

「腕時計……?」

不思議そうに庵を見上げる京に、ニヤリと口元を歪める
「エンゲージリングかと思っただろう」
「………バッ……!!」
図星だったらしく、頬を染める京の反応にクックッ…と笑いを洩らしながら、
「あまり凝ったデザインのものでは使い辛かろうと思ってな。お前らしいものにしてみた」
これでもう遅刻は許されんぞ、と付け足して微笑む
「…………………」
以前から自分が欲しいと思っていたのを知っていたのだろうか、同じデザインの腕時計が今目の前にある
「サンキューーーーー!!!絶対大事にするっ!!」
嬉しくなってギューーっと庵の首に抱きつく
「これ以上ひついているとその気になるぞ?ケーキを食わんでいいのか?」
耳元で叫ばれたので痛かったのか、片耳を押さえながら庵が囁く
「……うわ、それは困る!!」
その言葉に慌てて庵を引き剥がす京に苦笑しながら、食べる準備を始めるべくテーブルにつく2人

そうして、2人の幸せなバレンタイン=イブの夜は更けていく………




おわり

2003年のバレンタイン記念小説として書いてみました。
バカップルも甚だしい、中身があるようで無い内容で申し訳ないです(汗)
でも今回は静ママやら柴舟さんが出せたので嬉しいッス。
柴舟さん好きなんですよね〜、面白くて。