1月13日 午前0時23分 某駅前バスターミナル



その後、3人での初めての飲み会にテンションが上がったらしく、『定額で飲み放題』の言葉に調子づいた矢張が
酒をしこたま飲み始め、隣に座ってしまったが為にお約束の「俺の酒が飲めんのか」攻撃にさらされた成歩堂は、
さほど酒に強くもないのに半ば強制的に飲まされ、あげくベロベロに酔わされてしまった。
ダウンした成歩堂に『情けない』と言いつつ、次の標的に御剣を定めるが、御剣は矢張以上に強かったらしく、
逆に矢張がたしなめられてしまったところで店の閉店時刻となり、同窓会まがいの飲み会はお開きとなった。


「大丈夫か、成歩堂」
「う〜〜〜〜……何とか……」

終電を過ぎたバスターミナルは静まり返っており、街の明かりも街灯を残すのみでひっそりとしている。
バスの待ち合わせに使われるベンチに3人は腰掛け、足下のおぼつかない成歩堂を介抱する事にした。
外に出た事で少しは酔いが抜けて来たらしく、御剣の心配そうな声に力なく答えを返して来た。

「御剣って昔から成歩堂には甘いよなぁ〜、俺サマには厳しいクセに」

ケロリとした表情で悪びれる様子もなく言う、成歩堂をこういう状況に陥らせた元凶に、御剣は呆れた視線を向ける。

「何を言う、お前がどうしようもない奴だから厳しいだけだ。成歩堂はそうではないだろう」
「ん〜〜〜まあそうなんだけどさ〜………」
「?」

何となく言い出しにくそうにしている矢張の様子が珍しく、御剣が首を傾げる。
腕を組み、同じように首を傾けてしばらく何かを考えたような素振りを見せた矢張が、チョイチョイと御剣に手招きをする。

「オイ成歩堂、お茶でも買って来てやるから、しばらくここで待ってろよ」
「あ〜〜〜」

生返事を返す成歩堂を置き、グイと御剣を引っ張って自動販売機へ向かう矢張に、
疑問符を沢山浮かべたような顔をしながらそれに従う。





成歩堂からは声の聞こえない距離にある販売機に移動して、どれにしようかな〜?と呟きながら、
矢張が御剣をチラリと伺う。それに焦れたようにイライラした様子で、
腕組みをした指をトントンと鳴らしながら御剣が睨み返す。

「何なのだ一体、言いたい事があるならハッキリ言えば良かろう。貴様らしくもない」

お茶のペットボトルを買い、そのキャップを開けて一口飲んでから、矢張が御剣に向き直る。

「んじゃ言うけど。……お前、もしかして成歩堂の事好きなのか?」
「…………は!?」

言われた言葉に思わず叫びそうになり、はっと口元を押さえながら矢張を見る。
矢張の言葉はいつも唐突でワケがわからない、と常々思っている御剣だが、今それをヒシヒシと感じている。

「だからさ、成歩堂の事好きなのかって聞いてんの」
「ああ……好きでなければこんな飲み会など来るものか。お前だってそうだろう」
「あ〜〜〜〜…そういう意味じゃなくて」

何やら的外れな解答をしたらしい御剣に、呆れたような表情で頭痛に耐えるように額を押さえている。


「俺が言いたいのは、恋愛感情で成歩堂が好きなのか?って聞いてんの」

「……は!?」

再び叫びそうになる口を自らの手で塞ぐ。今度は先程よりもダメージが大きく、本当に叫び出したい気分だった。
その反応に、何やら納得したらしく「やっぱりなぁ」などとしきりに頷いている。

「貴様気は確かか?私が、成歩堂を?からかうにも程がある」
「ん?何だお前気付いてねェの?恋愛の達人であるこの俺様からすればそうとしか見えねェんだけどな〜」

ハッと呆れたように返す御剣に、さも不思議そうに矢張が首を傾げる。
あまりにそう言うので、検事らしくここが法廷であるかのように、証人に証拠品の提示を求めると、
『成歩堂を見る目が俺を見るよりも何か優し気』『俺が成歩堂に絡むと何か不機嫌そうに眉寄せてた』
『さっきも言ったけど成歩堂にばっか優しい』など、半ばスネた子供のような証言が出て来た。

「それはただ、お前が成歩堂ばかり気に掛ける私に構って欲しかっただけではないのか?」
「……ん?あ、そっか。そうとも言うな」

ポン、と納得したように手を打つ矢張に、脱力したようにガックリと肩を落とす御剣。
真面目に取り合うだけ無駄だったとため息をつきながら、自分と成歩堂の分のお茶のペットボトルを買う。
(矢張に成歩堂の分を買う、という概念はないらしい)


「ーあ、そうそう………成歩堂で思い出したけど」

何かを思い出したらしい矢張が、成歩堂の所へ戻りながら話掛けて来る。
いつになく真面目な顔になる相手に、何かあったのかと矢張を見る。

「もし裁判とかなくて暇な時……まあお前忙しそうだからあんまねェだろうけどさ、
 時間あるようだったら、成歩堂の事務所にでも顔出してやってくんねェかな?」
「?何故だ」
「実はな、真宵ちゃんが故郷に帰っちまったらしくて、何か寂しそうなんだよな〜。
 何気なく事務所に遊びに行ってみたんだけど、何つーか…『心ここにあらず』って感じで
 ボーッとしててな?らしくねェッつーか…だから今日誘ってみたんだけどよ」

心配そうに言う矢張の言葉に、今日見た成歩堂の姿を思い出す。
確かに記憶にある姿よりも痩せた印象ではあったが、思い違いではなかったと確信する。

「そうか…」
「俺じゃあいつにとって迷惑でしかねェからさ、お前だったらちょっとはマシかも知んねェし。
 ……だから、ちょっとでイイから……頼まれてくんねェかなあ?」

普段ちゃらんぽらんで無責任な雰囲気だが、矢張は見ているところはしっかりと見ているし、
さりげなく相手が気付かないところで配慮する事も忘れない、根本的には優しい男だ。
手を合わせて御剣に頼み込む姿に、成歩堂が『親友』と矢張を呼ぶのもわかる気がする、と
心のどこかがチクリと痛むのを感じつつも納得する。

「わかった、成歩堂と裁判で戦う時以外は出来るだけ顔を出す事にしよう」
「そうか、有り難うな御剣。上手く行けば成歩堂を落とせるかもよ?」
「………それはもういい」

ケラケラと笑って先程の話題を蒸し返して来る矢張に、前言を撤回しようかと本気で考える御剣であった。





「ぅお〜い成歩堂、具合どうだ?」
「うん、もう大丈夫」

ペットボトルを受け取って御剣に礼を言いながら、傍らで顔を覗き込んで来る親友に答える。
酔いの抜け切らない体に、お茶の清涼感が染み渡って行くのを感じ、ホッと息を吐く。

「そんじゃここでお開きにするか〜」
「そうだね」
「また機会があったら3人で飲もうぜ、スゲエ楽しかった」
「僕も、誘ってくれて有難うな、矢張」
「ああ、私も楽しかった」

名残惜しそうに3人が三様に別れの挨拶をかわす。
そこでタイミングよく、矢張の携帯にメールが入る。その表示を見た矢張が嬉しそうに顔をほころばせた。

「そんじゃ俺はカズミが待ってるから行くわ。御剣、成歩堂を頼んだぜ〜」
「え?ちょっ…何?」
「おい、矢張!?」
「じゃ〜な〜!!」

言いたい事を言ってタクシーを呼んでサッサと帰ってしまった矢張に、2人は呆然とその姿を追う。
ポツンと残され、状況が把握出来ないままお互いの顔を見合わせる。

「………ところで、君の家はここから近いのか?」
「え?ああ……事務所から割と近い所にあるよ。あの事務所で働くようになって借りたんだ」
「………終電を過ぎてしまったのだが?」
「…そういえば」

まだ酔っているのかただの天然なのかはわからないが、交通手段について何も考えていなかったらしい。
どうしよう、と青ざめ始めた成歩堂には〜と呆れたように溜息を洩らしながら、御剣が手を挙げてタクシーを呼ぶ。

「御剣?」
「仕方が無いからタクシー代は奢ってやろう、経済状況が厳しいのだったな」
「う…………お世話になりマス」

己の経済状況について矢張に喋られた後では見栄を張る事も出来ず、大人しくご厚意に甘える事にする。
行き先を伝えると、心地よい振動に眠気を誘われたのか、成歩堂がウトウトとし始める。
やがて耐えられなくなったらしく、目的地に着いたら起こせと言い、成歩堂は本格的に寝入ってしまった。
御剣は呆れた様子で答えると、反対の窓に顔を向け、流れいく外の景色を見つめる。
しばらくすると成歩堂の住まいらしいマンションの前に到着したが、何度揺すっても成歩堂が起きる気配はなく、
部屋番号もわからないしこのまま放置する事も出来ないので、仕方なく御剣のマンションへと連れて行く事にした。
















同日 午前1時38分 御剣の部屋


力の抜けた重い体を担いで気の乗らないエレベーターに乗り(酔いとそれどころではない事態に苦にはならなかった)
何とか自室まで運び入れ、成歩堂をベッドに寝かせてやる。
明日皺にならぬようにとスーツをを脱がせてハンガーに掛けたり、ネクタイを解いてやったり、
足が丸出しでは寒かろうとパジャマのズボンを穿かせてやったりして、
ふと何故自分がここまでしなくてはいけないのか、と脱力感に襲われる。

「まったく……これでは矢張と変わらんな」

溜息混じりにそう呟いて、ベッドの脇に腰掛けながら成歩堂をみつめる。
いまだスウスウと穏やかな寝息をたて、深い眠りの世界の住人と化している彼は、酒の力もあってか随分と幸せそうだ。

普段法廷で見られる、意思が強く真実を暴き出すような強い瞳は閉じられ、シャツから覗く肌は酒のせいか、
ほんのりと赤みを帯びていて、見ている御剣を落ち着かなくさせる。
思考を振り払うように視線を逸らすと、呼吸の為に薄く開かれた唇が思わず目に入り、そこから動かせなくなっていた。
次第にぼんやりと意識が霞み、まるでそこへ吸い込まれて行くかのように、御剣の体がゆっくりと覆いかぶさっていく。

「――――」

何やら寝言らしい言葉を呟いた成歩堂の声に、ハッと我に返って立ち上がる。

「な………」

己のの行動に驚いて、思わず声が洩れ、わなわなと震える手が口元を押さえ、目が驚愕に開かれる。
酔いに攫われそうになったとはいえ、成歩堂が寝言を言わなければ、今自分は何をしようとしていたのか。
その問題の結論は考えずとも明らかで、御剣は声も出せず、まさに言葉通り絶句した。



このままここにいては混乱をきたすばかりだと判断し、キッチンの冷蔵庫から出したミネラルウォーターを煽る。
冷たさで酔いも混乱もゆっくりと落ち着きを取り戻して行く。
一息ついたところで、先程言われた矢張の言葉を思い出す。

「まさか……アイツに言われた事が本当だったとは…………」

自分よりも、しかもあのちゃらんぽらんな男に見透かされていた事に悔しさを覚えるが、
そもそも矢張に何か言われなければ自覚する事すらなくいれらのでは、という気がしなくもない。

「『事件の影にはやっぱり矢張』……まさにその通りだな」

忌々しそうに呟くと、シャワールームへと消えて行った。
































こうして、御剣は成歩堂への恋愛感情を自覚したものの、同性の、しかも親友である成歩堂に受け入れられる筈もないと理解し、
気持ちを伝える事なく心の奥底に封印して、『成歩堂の友人』として成歩堂を支えようと決心する。
矢張との約束を守って、『綾里千尋弁護士の法廷記録を資料に借りる』事を名目(実際、裁判に非常に役に立った)に、
度々事務所を訪れて、さりげなく成歩堂を見守っていたのだが、暖かく迎えてくれるその笑顔に気持ちは煮詰まって行くばかりで。
「SL9号事件に絡む多田敷道夫殺害事件」において、精神的に追いつめられた事もあり、
自分を見失った御剣は『検事・御剣怜侍は死を選ぶ』と書き置きを残し、世間から、成歩堂から逃げるように失踪する事となった――――

































一応『御剣自覚編』という事で、比較的御剣視点でお送り致しました。
初めての逆転裁判小説……いかがだったでしょうか?何か堅苦しい文章になってしまった感がいなめないです(汗)
御剣視点、と考えるとどうしてもこうなってしまうようです……。
そしてなるほどくんの出番が少なく、矢張が出張ってしまいました…(汗)我が家の矢張政志さんはこんな感じの人です。
普段チャラけてて掴めない性格ですが、結構ちゃんと物事を見ている人です。んで2人の親友を見守るイイ人ですV
結構好きなんですよね〜、矢張。何だかんだ引っ掻き回してくれますけど、悪い人ではないですし。
そういう人に気付かされた御剣は、随分ショックのようです(笑)
次からはしばらくなるほどくん視点になるかと思います。次はなるほどくん自覚編、ですかね?

読んで下さって有難うございました!!


前頁 /