逃げるように兄の愛馬が家に戻って来たのを京が発見する。
興奮しきった様子から、兄の身に何かあったと感じ取り、
売るはずの荷が積まれたままの荷台を取り外す。

「頼む、兄貴の所まで連れて行ってくれ!!」

馬の顔を撫でながらそう言うと、馬は幾分ためらいを見せたものの、
ブルル、と了解したように鼻を鳴らし、
京が乗り込むと勢い良く走り出した。



しばらく走ると森の入り口に到達したが、
そこからどうやって走ったか馬も覚えていないようで、
その場に立ち止まると、指示を求めるように京を見る。
すると、チチチ…と声がして京の周りに小鳥が集まり始めた。

「よう。悪ィが今日は遊んでる場合じゃねェんだ。
 兄貴を探してるんだけど…どっちに行ったかわかんなくてさ。
 知ってたら教えてくんねェかな?」

しばらくそれぞれで話し合っているらしく鳴いていたかと思うと、
1羽の赤い鳥が大きく羽ばたき、森の奥へと飛んで行く。

「案内してくれんのか?有難う!!」

集まってくれた他の小鳥達に礼を言い、
その鳥を追うように馬を走らせる。



  幼い頃から、京には鳥や動物と会話する事ができるという
  不思議な力があった。
  ずっとそれが普通だと思っていたので、
  兄にわからないと言われた時には酷く驚いた。



「この時の為に、神様が俺にくれたものなのかも知れないな…」

そんな事を呟きながら、暗さを増す森の中を駆け抜けて行く。
やがて森が切れ、その先に禍々しい雰囲気を漂わせる城が現れた。

「うわ〜……本に出て来そうな城だ…」

見上げて呑気にそんな事を呟いて礼を言おうと周囲を見ると、
いつの間にか小鳥は姿を消し、馬は落ち着かない様子だ。

「大丈夫、俺がついてるし、この中には兄貴がいるんだ」

自分にも言い聞かせるように、体を撫でてやりながら城門をくぐる。
城の側の樹に馬を繋ぎ、城内へと入りながら、
不安な面持ちで周囲をキョロキョロと見回す。

「ホーンテッドキャッスルって感じだな…
 誰かいませんか〜?兄貴〜、いたら返事しろ〜」

兄を呼びながら進んでいると、視界の端に何か黄色いものが動くのが見える。
何かと思い、それが消えた方向に向かうと再び同じ事が。
導かれるようにその黄色いものの後を追い、
辿り着いた場所は――――牢獄。
その内の1つに誰かが座り込んでいる。

「兄貴……?」
「京……!?」

京の声に反応して振り向いた姿は、まぎれもなく兄・蒼司だった。

「何故ここに来た!!」
「何でって…馬のブライアンが1頭だけで帰って来るし、
 ヤケに興奮してるから、何があったか聞いてみたら
 恐くて途中で逃げてきたとか言うし…心配で探しに来るだろ」
「ブライアンは無事だったのか……良かった」
「それより、早くここを出ようぜ」



「そんな事は俺が許さん」



その声に驚き振り向くと、大きな影が入り口を塞いでいる。
牢獄は城内よりも暗いが、月明かりが蒼司のいる牢内の窓から
差し込んでいる為、京と蒼司の姿はわかるものの、
入り口付近は暗く、またその影も光を避けるように立っているので
京の目からその姿をとらえる事は出来ない。
ただ恐ろしい程の威圧感を持ってそこにいる事だけはわかる。

「アンタがここの主か。兄貴をここから出せ」

牢の中でカタカタと震える兄を心配しつつ、
押しつぶされそうな気持ちに負けまいと影を睨み付ける。

「それはできん。不法侵入者は捕らえなければならん。
 しかも俺を殺して城の宝を奪おうとした。
 牢に入れられて当然であろう」
「兄貴はそんな事する人じゃねェよ。だから出してくれ。
 信用出来ないってんなら、俺が代わりになってもいい」
「京!?」

驚いて京の手を強く握る兄に、京はニコリと微笑みを返す。
そして再び真剣な表情で影に向いて、

「兄貴を無事村へ戻してくれると約束してくれるなら
 俺は何でもする」
「――良かろう」

そう言うとひとりでに扉が開き、入り口から豹がヌッと現れ
影の前に跪くように伏せる。

「馬の所まで連れて行き、こいつを村まで護衛しろ」

コクリと豹が頷くと、蒼司をヒョイと背に乗せて歩き出す。
それを黙って見ていた京が、兄の背に声を掛ける。

「―――元気で、蒼司兄ちゃん」
「……京…!!」

別れの言葉を待っていたように、弟を呼ぶ兄の声を響かせて、
豹は城内を駆け抜けて行った。







豹と兄が消えた方向を、名残惜しむようにずっと見ている京に、
影がノソリと近付いて来る。

「…途中であの豹に兄が食われるのでは、と心配か?」
「まさか。アンタの言葉が嘘を言ってるようには聞こえなかったし」

投げかけられた問いに、キョトンとした表情で答えるのを見て、
更に影が近付いて来る。


「その台詞……この姿を見ても言えるか?」


ゆっくりと光の下に現れたのは、
血のような真紅の毛をなびかせ、黄金の瞳を煌めかせる、異形の魔獣。
漆黒のマントが王たる風格を際立たせており、
京の目にはとても美しいものに映る。
言葉にならない、うっとりとした溜め息が洩れる。

「やっぱり…そうじゃないかと思ったんだ…………
 伝説じゃ……なかったんだ……」

そう呟くやいなや、自ら獣の側に寄り、
抱き締めるように獣に寄り添う。


―その瞬間、獣の中に、言い知れぬ何かがザワリと沸き起こった。


「何をする、無礼な奴め!!」

驚いて突き放すと、無意識だったのかハッとして獣から離れる。

「あ………嬉しくてつい……ごめんなさい……」

心底反省したのか、シュンとした様子で俯いて押し黙ってしまう京に、
すっかり怒りを削がれてしまい、獣はボリボリと頭を掻く。

「もういい…とにかくお前にはしばらくここにいてもらうんだ。
 死なれても困るからな…部屋を与えてやる、ついて来い」















広い廊下を獣の後に続いて歩く。
夜ということもあり、ほのかな月明かりしかない
薄暗い城内は、より無気味さを増し、
獣と自分の足音しかない空間に、不安が増す。

「……?」

何かに引っ張られるような感覚がして、獣が首だけ振り返ると、
マントの裾を京が不安げな表情で握り締めている。
それをじっと見ていると、視線に気付いたのか
慌ててマントから手を離す。

「兄と離れて…このような禍々しい城に住むのはやはり恐いか?」

更に先へと進みながら獣が問う。
恐いのを気遣ってくれているような態度に、京の表情が和らぐ。

「そりゃあね。今まで村を出た事なんてほとんどないし。
 正直言えば恐いし心細いよ。
 でも冒険だと思えば楽しいかな、こういうワクワクして
 ドキドキするようなのを待ち望んでたから」
「そうか」

獣の返答と同時に扉の前に到着し、獣が立ち止まる。

「ここがお前の部屋だ。
 必要なものがあれば家来達に言うがいい」
「家来って?えっ…あ…ちょっ……!!」

用件だけ言うと、獣はさっさと扉を閉めて行ってしまう。
取り残された京は、とりあえず部屋をぐるりと見回す。

「うへぁ………」

高級品の知識のない京でも一目で一流だとわかる調度品が
部屋の中にズラリと並べられている。

「『ケンランゴーカ』ってのは
 きっとこういうのを言うんだろうなぁ……」

開いた口が塞がらないらしく、ポカンとした表情のまま、
中央に据えられたベッドに座り、部屋のあちこちを見ていると、
どこから入ったのか茶色い毛並が綺麗な狐がこちらへやって来る。
しかも白い燕尾服のようなものを着ていて上品な雰囲気だ。
そのまま京の側へ近付いて来て、膝の上に乗ると、
鼻をヒクヒクさせて顔を近付けてくる。

「ベッベニマル!!何やってんだよ!!!」

誰かが叫ぶと、狐の上に大きな犬がのしかかってくる。
よく見るとラブラドール・レトリバーらしい。
金色の毛並がキラキラと輝いている。
先程牢獄まで案内してくれたのは、この犬だったようだ。
そして押しつぶされている狐よりはラフな感じだが、
この犬もまた、黒い燕尾服のよなものを着ている。
この城で飼われている証なのだろうか。

先程誰かの叫び声が聞こえたハズなのに、入り口付近から顔を巡らせて
周囲を探してもどこにも姿が見当たらない。
おかしいなと首を傾げていると、膝の上の狐が震えだした。



「っっっだぁ〜〜〜〜〜ッ!!!重いからどけよテリー!!!
 俺を窒息死させる気か!?」

ガバァッと起き上がり、上に乗っていた犬を蹴り、
押し退けるようにして床に降りる。

「あはは、悪ィ悪ィ」

プリプリと怒りをあらわにしている狐をよそに、
犬は犬でちっとも悪びれた様子もなく、ケラケラと笑っている。
その横でやりとりを呆然と見ている京に、ようやく2匹が気付き、
お互い目配せをして2本足で立つと、姿勢を正す。

「申し遅れました。私この城の執事をさせて頂いております、
 紅丸という者でございます」
「同じくテリーだ。用があったら俺達を呼んでくれよな」

狐の紅丸は礼儀正しく優雅にお辞儀をし、
犬のテリーは親指(?)をビシッと立て、京にウインクをした。
しかし、京から何のリアクションも帰って来ない。
さすがに狐や犬が2足歩行で喋り出したら驚くか、と思い
説明しようかと口を開く。

「えっと――」
「もしかして……魔法をかけられて動物になったっていう…?」

遮るように言われた京の言葉に、紅丸が怪訝そうな表情を浮かべる。

「え?あ〜……確かにそうだけど、何で知ってるんだ?」














「へぇ〜……俺達の事が物語に…ねェ」

京に説明を受けた紅丸とテリーは、感慨深げに頷きあっている。

「いつか会えればいいなとは思ったけどさ〜…
 まさかこんな近くにいるとはな〜…」


「へ〜、京は主に会ってみたかったんだ」
「え?あぁ………うん」
「実際会ってみてどうだった?」
「あ、それは俺も聞きたい」
「そうだな……」

2人から感想を求められて、
目を閉じ、瞼に残る先程の姿を思い浮かべる。


「月明かりに見た姿は……凄く綺麗でカッコ良かったなぁ」

うっとりと夢見心地で語る京に、
2人は少し驚いた様子で顔を見合わせる。

「……綺麗…だと思ったんだ」
「……………うん」

何故か頬を染める京に頷き合うと、テリーが側にやって来る。


「……主は、今まであの姿を見た人皆に恐れられて、
 自分でもあの姿を忌み嫌ってる。だから自分が嫌いだし、
 他の誰も表面の自分しか見ないから信用しない。
 でも……キョウ、アンタは主を恐れなかったし、
 主の事を『綺麗だ』と言ってくれた。
 勝手な願いで申し訳ないけど…
 主の支えになってはもらえないかな?」

真剣なテリーの表情に、言わんとしている事を理解したのか、
戸惑った様子で2人をみつめている。
それに気付いた紅丸もまた京の横に座り、手にポンと前足を乗せる。

「別にご主人様を愛して呪いを解いてくれって言ってんじゃねェんだ。
 …アンタも知ってるとは思うけど、俺達はご主人様と共に
 魔法によってこの姿のまま永遠の時を生きなくちゃいけない。
 ご主人様は自分だけじゃなく、家来の俺達にも
 過酷な運命を背負わせたって……ずっと苦しんでるんだ。
 顔には出さずにいるけど、どこか俺達を見る目が…
 悲しい色を帯びててさ…俺達は別に何とも思ってないのに。
 だから……そうじゃないアンタが側にいれば、少しは
 気が楽になるかなって思っただけなんだ」


「そっか……………何ができるかわかんねェけど、
 出来る限りの事はしてみるよ」

2人の寂しそうな表情を見ていると、気持ちが痛い程伝わる。
京がにこりと微笑むと、2人が嬉しそうに笑う。
空気が和んだタイミングを見計らったように、
京の腹がグウ〜ッと空腹を訴える。

「……そういえばここに来るのに必死で、
 何も食べてなかったっけ……」

恥ずかしそうに腹を押さえながら、
今更ながらに襲って来た空腹感に困った表情を浮かべる。

「ならば………ご用意させて頂きましょう?」
「何なら主と一緒に食べるか?」
「え…イイの!?」

パッと表情を輝かせながら身を乗り出して来る京に、
驚きつつも面白そうに笑いながら、

「イイも何も…俺達がお願いしたいくらいさ」
「そんじゃ、準備が出来次第呼びに来るから」
「晩餐の衣装を用意しなきゃな………
 舞に言って持ってこさせよう」
「そんじゃ後でな〜、キョウ」

準備についてブツブツと呟いて考える紅丸を背に乗せて、
テリーは嬉しそうに尾を振りながら部屋を出て行った。















その後、舞と名乗るリスと大門と名乗る熊がやって来て、
晩餐に向けての衣装合わせを始める。
小さくて荷物の持てない舞は、大門にあれこれと指示を出して
様々な衣装を持って来させている。

「貴方が女性だったらもっと華やかに出来るんだけどな〜…
 あ、何なら女装してみる?」

髪をセットしながら茶目っ気たっぷりに言う舞に
大門共々苦笑していると、
テリーが再びやって来る。

「晩餐の準備はOKだぜ。
 ―お、カッコイイなキョウ、よく似合ってる」





賞賛してくれるテリーの案内に続いて食堂へ向かうと、
既に獣が来ており、京を待っていた。
さすがに普段の黒いマントだけの格好ではなく、
黒を基調にしたシックな衣装で正装している。
より赤い毛並が生えるデザインに見愡れながら、
向かいの席に案内され腰を下ろす。

「私の我が儘に付き合って下さって有難うございます」
「…紅丸達に何か入れ知恵をされたのではないのか?」
「いえ、私の方から是非にとお願いしたのです」
「…それならいいが」

食卓に料理が並べられ、給仕達が部屋から消えるのを待って、
獣がチラリと京を見る。

「ところで…先程までの口調と違ってヤケに畏まっているが…
 アイツ等に何か言われたか?」
「そっ…そういうわけでは…ただこういう上品な場で
 普段の物言いでは失礼かと」

『憧れの存在を前にして緊張しているから』とは
さすがに照れ臭くて言えなかったのだが、
こちらを見る目が不機嫌そうな色を帯びている。

「作法や礼儀などにこだわらず、ありのままでいればいい。
 俺はそういう堅苦しいのは嫌いなのでな。
 気にせず普通にしていろ」

ナイフやフォークを使うのが使い辛いのか面倒なのか、
獣は話しながら手近にあった肉を掴み、ぞぶりとかぶりつく。
それを見ていた京は少し目を見開くが、

「……おう、わかった」

と同じように肉に食らい付く。
その行動に一瞬獣の動きが止まるが、ニヤリと口の端を歪めて笑う。

「―――それでいい」

楽しそうに微笑まれ、それを見た京の中を何か言い知れぬものが
ザワリと沸き上がり駆け巡っていく。
何故か耳の辺りがカッと熱くなるのを感じながらスープをすする。


「こっこのスープ、ちょっと熱くねェか?」
「そうか?」












晩餐の間も2人の会話は進み、
すっかり打ち解けた様子で楽しそうにしている。
食堂からバルコニーへと場所を移し、星空を見上げる。

「は〜〜〜美味しかったぁ…
 俺あんなウマいモン食べたの初めてだよ〜」
「それは良かった。給仕長も喜ぶ事だろう」

体を伸ばし、満足そうに微笑みながら言う京に、
獣の表情も和らぐ。
その様子に、京がためらいがちに獣と視線を合わせる。

「なぁ……アンタに触っても……いいかな?」
「ああ、構わんぞ」

そっと伸ばされた手が柔らかな毛並をゆっくりと撫でる。
まるで、慈しみと愛しさを込めるように。


「俺さ…小さい頃からアンタの物語を聞いてて……
 いつか…冒険の果てに会えたらいいなって思ってた。
 どうせ叶わない夢物語だと思ってたし、
 ホントにあえるなんて思いもしなくて……」

「理想と現実は違ったか?」

うっとりとした表情の京に、からかうように獣が問う。

「ううん、理想よりもずっとアンタは綺麗だよ。ホントカッコイイ」

少し恥ずかしそうに笑う京に、何と答えればいいかわからず、
戸惑うような照れ臭いような表情で視線を逸らす。



「俺が…もし女だったら………………
 アンタの呪いを…解いてあげられるのにな……」



「―――ん?」

聞き逃したらしい獣がこちらに振り返るが、
呟いた京自身が発した言葉に驚き、口を押さえて立ち上がる。

「なななな何でもねえッ。
 もっ…もう遅いし、俺寝るな お休みなさい!!」

逃げるように慌ててその場を離れて行く京に、
状況がよくわかっていない獣はその背を呆然と見送る。
思わず伸ばした己の手に気付き、ハッとそれを引き戻す。


  鋭く尖り全てを切り裂く爪、あらゆるものを掴み
  握り潰せそうな巨大な手、焔のような毛に覆われた太い腕。
  以前の己の顔など忘れてしまいそうな永い歳月を、
  この姿で過ごして来た。
  破壊しか生まぬ醜い己を憎み、恥じ、荒れ狂い
  呪詛の言葉を叫び続けた時もあった。



―だが、あの青年はそんな姿を[綺麗だ]と言って微笑んだ。





「京……」

呟いて見上げた月は、いつもより輝いて見えた。
































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