「キョウの部屋の掃除終〜了〜〜〜っと」
「お疲れさん。お茶でも飲むか、テリー」

昼過ぎ、自分達の部屋へ戻って来たテリーを紅丸が迎える。
コポコポとポットからカップに紅茶を注ぎ、
少し冷ましてからテリーの前に置いてやる。

「それにしても、主は随分丸くなったな〜」
「そうだな…京が来てくれたおかげで、外に出るようになったし」
「今まで部屋からは出るものの、城の中だけだったし、
 昼日中に外になんて出ようとも思わなかっただろうし…」

窓の外に広がる庭園では、彼等の主である獣と京が、
暖かな陽射しの中を散歩している。
時折京が何かを指差して話し掛けている様子から察するに、
花や植物について2人で学びあっているようだ。

「京ってイイ奴だよなぁ……」

それを見ながら、紅丸が紅茶をすすりながらポツリと呟く。

「確かに。根が素直だし、喋ってて楽しいし」
「アイツがご主人様の呪い、解いてくれないかなぁ……」
「………主もまんざらじゃなさそうなんだけどな」
「………お前もそう思う?」

考えていた事は同じだったようで、2人で顔を見合わせてニヤリと笑う。

「でもよ〜〜、2人共鈍感なんだよな〜!!!」
「主はそうだけど……キョウもそうなのか?」
「ああ、自分の気持ちにすら気付いてなさそうだぜ」
「…………何か、こう……
 2人の気持ちがお互いにわかるような事件でもあればなぁ…」

「何バカな事言ってんのよ男2人して!!
 そろそろティータイムなんだから準備したら!?」

う〜んと唸る2人のテーブルの上に、リスの舞がチョロチョロとやって来る。
2人を見て、呆れたような溜め息を洩らして腕組みをしている。

「「……そうでした」」

ハッとして慌てて立ち上がると、それぞれの持ち場へ戻って行った。































「兄貴…どうしてるかな……」


夕食も終えようという時になって、京がポツリと兄の事を呟いた。
今まで忘れていたわけではないが、獣の機嫌を損ねてはと思い、
ずっと堪えていた言葉が、遂に堰を切って溢れてしまった。



「………終わったらついて来い、いいものを見せてやろう」

そう言って連れて来られたのは、獣の私室らしい離れの部屋。
閑散としている中に、何かが描かれていたらしき額があるが、
絵は無惨に切り裂かれていて見る影もない。
恐らく獣の本当の姿が描かれていたのだろう。

「これだ」

獣が持って来たのは、1枚の鏡。

「お前が望む者の姿を想えば、その者がどこにいようと
 この鏡に映し出される」

物語の中では手鏡であったが、これは大きな姿見の鏡で。
白雪姫のようだと思いつつ、
兄の姿を心に思い描きながら鏡面に触れる。
すると鏡が不思議な輝きを放ち、先程まで自分を移していたものは、
ゆっくりと溶けるように兄の姿に変わっていく。

「兄貴…」

聞こえるはずはないが、懐かしそうに映る兄の顔に触れる。
鏡の中の兄はぼんやりとした表情で、窓の外の景色を眺めている。

『京は今頃…どうしてるんだろうか…』

心配そうに呟く兄は、少し前よりもやつれて見えて。

「……!!」

その姿に思わず涙が溢れそうになる。
グッと堪えるように手で口元を押さえながら唇を噛みしめ、
ジッと鏡をみつめている。
背後から見ていた獣は、その小さな体が小刻みに震えるのを見て、
抱き締めたい衝動にかられ手を伸ばすが、
途中で止まるとグッと拳を作り、クルリと背を向ける。


「お前はもう自由だ、兄の下へ帰るがいい」
「!?」

その言葉に驚いて振り返るが、獣は背中を向けており
表情を知る事は出来ない。

「な…何で……」
「俺にはもう……お前は必要なくなったからな……」

「そんな…」
「俺の気が変わらぬ内に、早く行け!!!」

吠えるような獣の声に怯むも、京はまだ立ち去れなかった。

「じゃあアンタの髪を、一束だけ俺にくれ。
 アンタが本当に存在したという証を……
 アンタと共にいたという証を残しておきたいんだ」


「――好きにするがいい。だが、二度とここへは来るな」





獣がくれた束を手に、馬になった家来の背に乗り、
護衛に付けられた豹を伴い、京は城を振り返りつつ後にした。



その姿が見えなくなっても、獣はいつまでも窓の外をみつめていた―――





























































相変わらず、仕事も手につかない様子で
今日も窓の外をぼんやりと見ていた蒼司は、
視界の隅に見慣れた姿をみつけるが、
想うあまり幻覚が見えたかと自嘲する。


「兄貴!!」

しかしその姿が段々ハッキリとし、自分を呼んだのに驚き、
慌てて玄関先へと飛び出す。
そこにいたのはまぎれもなく、最愛の弟・京だった。


「無事で良かった…!!」

涙が溢れ、共に再会を喜び抱き締めあう。

「ずっと心配してたんだ…あの獣に酷い仕打ちを
 受けてるんじゃないかと、気が気じゃなかったよ」

家に入り紅茶を入れてやりながら、まだ涙に潤む目で京に言う。
カップを受け取りながら、にっこりと微笑むを返す。

「大丈夫だったぜ。あの獣、悪い奴じゃなかったしさ。」

いまだ手に握り締めている獣の髪の束を悲しそうにみつめる。
その様子に、蒼司が何か勘付いたように表情を変える。

「…そういえば、どうやって帰ってきたんだ?」
「獣が急に『兄のところへ帰れ』って言って………
 馬と護衛を付けて帰してくれたんだ。
 2人には村の近くで帰ってもらったんだけどさ」
「……2人?」

疑問に首を傾げる兄に、京は城であった事を全て話した。
動物に姿を変えられた家来の事、城での生活の事………
他の者には戯言と聞こえそうな事も、
兄は真摯な態度で受け止めてくれた。

「そうか……それを聞いて安心した」

微笑んでいつものように頭を撫でてくれる。
その顔には今まであった陰は消え、本来の明るさが戻って来ている。
その様子に京も安堵したようでホッと肩の力を抜くが、
次の瞬間には俯いてしまう。

「……どうしたんだ?」
「でも…もう会えないんだ」

赤い毛の束を抱き締めるように胸に押し付ける京の表情は、
解放され兄に会えた喜びよりも、
獣と離れ、もう二度と会えない哀しみに包まれていた。



「京、俺の目を見て、正直に答えて欲しい」

京の肩に両手を乗せ、子供に接するように屈んで視線を合わせる。
真剣な声音に、俯いた京が不安そうに蒼司をみつめ返す。

「お前は、あの獣を愛しているんだな?」
「……!?」

蒼司の言葉に驚きを隠せないらしく、思わず視線を逸らす京。
何かを考えている様子の京を、顔をみつめたままじっと待つ。
しばらくすると顔がこちらを向き、一旦目を閉じて、
ゆっくりと蒼司の目をみつめて開いていく。





「うん。俺は……あの人を愛してる」





揺るぎない、まっすぐな瞳に曇りはなく、それが真実だと告げる。
蒼司はその答えに満足した様子で、「そうか」と答えると
にっこりと微笑みを返してくれた。
そこで急に恥ずかしさが襲って来たらしく、
顔を真っ赤に染めた京は、それを隠すように俯く。

「そうかって……許してくれんの?
 相手は男だし……獣なんだぜ?」

ためらいがちに問われた声に、
兄は「そんな事か」と特に気にした様子はない。

「お前が必要とする相手がそうだったってだけじゃないか
 許すも何もないだろう。
 俺としては、お前に家族以上に大切に思える人が出来たって事は
 とても嬉しいし、素晴らしい事だって思うんだけどな
 ………そりゃ少しは寂しいけど」

照れ臭そうに鼻を掻きながら言う兄の言葉に、
京は声もなく抱きつく。

震える体を優しく包み込んでやりながら、


「幸せにな  京」


と囁いた。
































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