「あっ!!京ちゃんオハヨ!!それより大変だよ大変!!!」



いつものようにバイクを押して通勤していた京に、先日職員室前にいた女生徒の1人が
挨拶もそこそこに、何やら血相を変えて駆け寄って来る。

「どうしたんだ?」

余程急いで来たらしく、女生徒は前屈みの姿勢で肩で激しく上下させ、
京と話をする為に呼吸を整えている。
そのあまりにも慌てふためいた様子から、何か大変な事故や事件でも起こったのかと、
京の表情を引き締める。

「大変……なんだよ。あの…ね、や、八神……先生…が……」
「 !! 八神が!?」

先程自宅で別れて出て来たばかりの庵の名前を出され、
何か大怪我をするような事故にでも遭ったのかと、ケンカ相手だと装う事を忘れて
血の気の引いた表情を浮かべながら、続く言葉を待つ。

「八神の奴が、どうしたんだって?」
「八神先生に…………遂に恋人が出来ちゃったんだってーーーーーーー!!」














「………………はい?」

彼女の悲痛で深刻な声とは裏腹に、てっきり衝撃の事実(死亡とか意識不明とか)を告げられると
身構えていた京は、あまりにも下らない(彼女にとっては深刻極まりないのだろうが)話に、
安心したのと同時に大いに拍子抜けした様子で、押していたバイクにガックリと倒れ込む。

「何だ……そんな事かよ…」
「そんな事って何よ!!あたし達の八神先生に恋人よ!?これ以上ショックな事ないわ!!」
「…………へぇ」
「1へえ貰ってもちっとも嬉しくない!!」

テキトーな相槌を返すばかりでマトモに取り合ってくれない京に納得いかなかったのか、
その場でダンダンと足を踏み鳴らして暴れ始める。
それを宥めようと話を崎に進めるよう促してやる。

「ーで、何でそんな話が出てんだ?」
「昨日の日曜、友達が街で八神先生をみつけたんだけど。その横にキレイな女の人がいて!!!
 腕組んだりして何か仲良さそうだったんだってさ〜!!!!!あああもう超ありえな〜〜い!!!」
「………………………………………」
「その子の話じゃここ最近の付き合いじゃない素振りだったって言うし!!!
 学園中その話題で持ち切りなワケ!!あ〜誰なんだろ、気になる〜〜〜!!」

自分で言ったセリフにますますヒートアップして、聞いてもらっているという事を
すっかり忘れたように、表情をクルクル変え、あたふたと左右に動きながら、
落ち着きなく1人でベラベラと喋り続けている。
横にいる京は、それを聞いている様子もなく、何かを考え込むように女生徒から視線を反らす。

「ねーねー京ちゃん何か知らない?八神先生と少なからず関わりあるんだし!!」
「…………何で俺が。知ってるワケないだろ」

冷淡に、半ば吐き捨てるような京の言い方だが、女生徒は特に気に留めた様子もなく
(気に留める余裕がないのだが)「そっかー」と返事を返して、
そこを通った友人をみつけ「聞いたー!?」とそのまま再び騒ぎ出し、
2人でとギャアギャアと叫びながら校舎の中へと消え去って行ってしまった。

後に残された京は、他生徒から同じように声を掛けられながら、
曖昧で差し障りのない返答をしつつ駐車場へと向かい、バイクを止める。
その脇には庵の車が止めてあり、既に来ている事がわかる。
窓ガラスに映った顔を見ると、感情が抜け落ちてしまっているように強張っていた。

「アイツが……………?」

ポツリと呟いた声が思った以上に掠れる事に気付き、
予想以上に動揺している自分にギョッとする。
とりあえず今は考えないようにして、プルプルと頭を振ると、
校舎の中へ入って行った。
















「一体何の騒ぎだ…」

授業が終わり、職員室へ向かう為廊下を歩いていると、
生徒達が慌ただしく庵の横を駆け抜けて行く。
どうやらその大半は京を探しているらしく、互いに確認を取り合っているようで
「今〜組の授業が…」などという声がそこかしこから聞こえて来る。
この騒ぎの中心に京が関わっている事は確かだが、どうも庵自身にも該当するらしい。
すれ違いざまに好奇をはらんだ視線で見る者がいたり、チラリとこちらを見て隣の者と
何やらヒソヒソ話し合う者がいたり。
「見られていない」と気付かない方が異常な程の注目度だ。

「………?」

だが庵自身に何か事件になるような事をした覚えはなく、
疑問符を浮かべつつ己の記憶を探っていると、前から京がやってくる。
しかしいつものように睨むでもからかうような言葉を投げ掛けるでもなく、
チラリと庵をただけでそのまま手前にある階段を下りて行ってしまった。
自宅を出るまでは普段通りだったのに、今までの時間の中に何かあったのだろうか、
随分と覇気のない、むしろ[意気消沈]という言葉が似合いそうな雰囲気を醸し出していた。

「京ちゃんも大変だよね…」
先程の京の姿を見ていたらしい女生徒が、教室の傍らでポツリと呟いた。

「ホントだよ……会う人会う人に『事情知らない?」って質問責めにされて…そりゃ疲れもするわ」
「八神先生とケンカしてるからって、そんなプライベートな事まで知ってるワケないじゃない」
「ね〜……!!八神先生だ」
「あっ……」

庵の姿をみつけ、そそくさとその場を去る女生徒達を、
呼び止めて事情を説明してもらおうと思ったが、残念ながら始業のチャイムが鳴ってしまい、
生徒達は皆足早に教室へと戻って行ってしまった。


事情はわからないままだが、不幸中?の幸いで今日の担当授業は先程で終了だった。
後は 担任である3-BのHRに出れば仕事は終わる。
片付ける事務処理などもあるが、今はまず事態を把握する事が最優先だ。
職員室の机に荷物を置くと、庵はある場所へと歩を進めるのだった。




















「ったく……皆ヒマだな〜…んな事してる余裕あんなら予習でもしてろっつの」

国語準備室。校舎の端に位置するこの部屋は、教科担当の教師達用に、
文字通り次の授業の為の準備をする場所であるが、いかんせん教室のある棟から
少し離れた所にある為、「不便」という理由からほとんど使用された事がなく、
ほとんどの部屋が空き部屋と化している。
京は生徒に自習授業をさせている間、休憩と称したサボり場所に使用したり、
正規の準備室としても有効に活用している。
(めったに使われていなかった為、年期の入った埃を掃除するのは骨が折れたが)
生徒も音楽や美術の教室へ移動する際に利用する以外ほとんど通らず、
静まり返ったここは絶好の昼寝場所なのである。


そして今現在は、[八神先生に恋人出現!?]騒動のせいで、人に会う度に第一声は皆
「何か知らない?」と間違いなく聞かれるので、
いちいち答えてやるのも面倒になった京は、授業以外の時間は
ここでひっそりと息を潜めているのだ。
幸い本日の教科担当クラスの授業は全て終わったので、
このまま隠れていれば、呼び出しでもない限り、誰かに会う事はない。
他の教師達には、生徒達には秘密にしてもらっているものの教えてあるので、
何か用件があるならばこしらへやってくるだろう。


「日曜……確かに八神は買い物があるって出掛けてったけど……
 誰かに会ったとか言わなかったよなぁ……」

当日、買い物から帰って来た庵は少し不機嫌そうではあったものの、
京がついでに頼んでいた物をちゃんと購入して来てくれていた
(機嫌が悪い時は「自分で行け」とつっぱねられる)
その後の夕食の時も特に変わった様子はなく、買った物の話などはしたものの、
何かあったとは言わなかった。


今朝女生徒から聞いた言葉を思い出してみる。

庵と仲良さそうに腕を組んで歩く、綺麗な女性――


「そんな人がいるなら、俺に言うワケねェよな…」

自分の発した言葉に落ち込み、突っ伏すように机に頭を置いて深い溜息を吐く。
庵とは確かに恋人同士で、京は庵の事を何にも代え難い大切な存在だと感じている。
庵もそう思っていると信じているが、こうも騒ぎになると真実のように段々と思えて来て、
その信頼も揺らいでしまうのは仕方のない事だ。

「あ〜……どんな顔してアイツに会えばいいかわかんねェ……」

頭を抱えていると、ドアをノックする音が聞こえる。
外にいる人物が誰なのか、何となく気配でわかるのだが、
会いたくないというのが今の正直な気持ちだ。
しかし放置していても埒があかないので、仕方なく鍵を開け、相手を招き入れる。

「生徒どもが入って来るとウゼェから、鍵掛けとくぞ」

相手に了承を取って再び錠を下ろす。
この部屋に庵が来るのはこれが初めてであるが、
カーテンを引き、電灯もつけていない部屋は薄暗い為、明るい場所から来た庵は、
目が慣れるまでその場で周囲を観察するように見回している。

「なるほど、こういうしていれば外部からは誰もいないように見える。
 絶好の隠れ場所というワケか」
「……まあな」

相変わらず力のない返事をしながらソファーに腰掛ける京にならい、庵もその横に座る。
しばしの沈黙が流れたが、焦れたように庵が口を開く。

「今日の騒ぎ…一体何がどうなっているんだ。お前と俺に関わる事のようだが…
 詳しく説明してくれるか」
「……ああ」

溜息混じりに返事をすると、京は朝女生徒から聞いた話をそのまま庵に伝える。

「そういう事か…………」

事情を納得したらしく、庵は頭を掻きながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
横で見守っていた京は、困惑した様子でじっとみつめている。
その視線に気付いた庵は、苦笑して京の頭を引き寄せ、ぎゅっと抱き締める。

「俺がお前以外の人間に興味を持つと思われていたとは、心外だな」
「だって……」
「実は日曜、買い物を済ませた帰宅途中に、厄介な奴にみつかってしまってな」

京の言葉を遮るようにして、庵は当日の出来事を語り始める。
すると庵の胸に顔を埋めるようにしていた京が、興味をもったらしく顔を上げ、
庵に次を促す。

「厄介な奴?」
「…………………………神楽だ」
「………ああ(汗)」

思い出すのも、名前を出すのも嫌そうに、ウンザリとした口調で言った庵の言葉に、
明確な人物を思い描いて、京も同じように表情を歪める。

  [神楽]というのは、2人の共通の幼なじみの「神楽ちづる」という女性の事である。
  2人より年上で、庵と京の恋人という関係を理解してくれる数少ない人間ではあるが、
  性格にやや問題が有り、2人には[かなり苦手な人物]としてインプットされている。
  それというのも「幼なじみ」であるから2人の過去をとてもよく知っており、
  もちろん彼らの弱みも熟知しているので、何か用があるとその弱みを突いて
  無理にでも手伝わせようとする、という強引な部分があるのだ。
  そのおかげで危険な目に遭わされた事も数知れず…………………
  もちろん、京や庵が困っていればためらいなく手を差し伸べてくれるので、
  決して悪人というワケではない。
  庵が口論になっても100%神楽が勝ってしまう程口が立ち、
  多々助けてもらった恩義もあるので、京も庵も親以上に頭が上がらない人物なのだ。

「その神楽に『買い物をしたいので付き合え』と言われてな……」
「じゃあ一緒に歩いてた女性って」
「間違いなくあの女の事だろう」
「そっか……」

それならば女生徒の言っていた『仲良さそう』なのも『最近の付き合いではない』のも、
帰宅してきた時に庵が不機嫌であったのも納得がいく。
京は心底安心したようにホッと胸を撫で下ろしているが、
庵の方は今更ながらに怒りが込み上げてきたらしく、ブツブツと続きを話し始める。
「しかも『買い物したいが1人で歩いていると声を掛けられて鬱陶しいから彼氏のフリをしろ』
 と言ってきおって、腕を組まされるわ、あちこち連れ回すわ、荷物持ちに使われるわ、
 そのせいでこんな騒ぎにまで巻き込まれるし、散々な目に遭わされた………」
「仕方ねェよ……神楽に勝てるワケねェし」

思い出してウンザリしているらしい庵の背を、宥めるようにポンポンと叩いてやる。

「でも良かった…あいつらの噂が嘘で。『女の恋人が出来た』って聞いた時は
 ちょっとドキッとした。
 嘘だと信じたかったけど、お前モテるのは事実だし……さ」

ポリポリと鼻を掻き、視線を反らした顔はうすらと赤く染まっていて。 それを嬉しそうに眺めていた庵が、ゆっくりと顔を近づけ、耳元に囁く。

「………嫉妬したか?」
「バッ………そうじゃねえよ。調子乗んな」

ニヤリと意地悪く口元を歪める庵に、耳に吹き掛けられた息から逃れるように
必死で身を捩るが、ガッチリと腰に回された腕によって移動を阻まれ、
離れるどころかますます庵に近付き、あろうことか組敷かれてしまう。

「わ……ちょっ……何すんだよ」

スルリと伸ばされた手が原から侵入して胸元まで這い上がって来たので、
その腕を何とかどけようとするがビクともせず、
さらに衣服をめくり上げられてしまう。

「この後授業はもうないのだろう?」
「や……そうだけど、だからってココで」
「HRまでは時間は十分ある、しかも今は授業中だ、多少声を出しても心配する事はない」
「………でも」

まだ何か言おうとする京の口を、庵の唇が塞ぐ。

「安心しろ、入れるまではしない…HRに支障が出て怪しまれては困るからな」
「………バカやろ……ッ」


























その後、HRの議題にまで取り上げられてしまった話題は、
当事者である八神庵本人の証言によって謎は解かれ、
「恋人は幼なじみの女性」という事で騒動はおさまったのだった。
………相手である神楽ちづる本人には全く了承のないまま。

後にどういう事だと2人の家に押し掛けて来るのだが、
それはまた別のお話。












































おまけ。

「俺、こういう時体育教師でなくて良かったとつくづく思うね」
「?」
「だって絶対動き回って指導なんか出来ねェもん。それに結構薄着になんだろ?
 絶対ヤッてきたってバレるって。………夏なんか特に」
「ああ、キスマークだらけだからか」
「……………………………………………………」




























遅ればせながら、八神庵さんの誕生日祝い小説でございます。
庵さん、誕生日おめでとうございます!!
リテイクです……ちょっとは前よりもマシになったと思うのですが……(汗)
携帯アプリの[Days of Memories]みたいな教師の2人でラブラブ?させてみました。
エロもつけたかったんですけども、書いてみたらかなりヤバくなってしまったので(汗)
庵さんの言葉から、どういう事をしたのか想像してみてやって下さいませVV
また別話とか作ってみたいものでございます。



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