翌日の夕方、紅丸からの連絡を受け、指定されたライブハウスへとやって来る京
結局、庵とは顔を合わせ辛く、朝から部屋に閉じこもっていたので、
あれ以来庵と全く会話していない。このままではいけないと思いつつも
解決策をみつけられず、家を出て来てしまった
どうしようか…と悩みつつ店に入ると、紅丸が入り口で待っていた
「よう、冴えない顔して。旦那とケンカでもしたか?」
「…………まあ、そんなトコだ」
「お前も大変だねえ」
「うっせーよ」
軽口をたたく紅丸に苦笑しながら、久し振りの再会を喜びあう
「で?俺に会いたいって言ってるっつー人は?」
キョロキョロと周囲を見回すが、まだ開場前らしく、いるのはスタッフだけで
それらしき人物は見当たらない
「とりあえず、これ渡しとくよ」
そう言って渡されたのはバックステージパス
「オイオイ、会いたい人がいるってのは口実で、メンバー勧誘かよ」
呆れた表情でパスを返そうとするが、もう1度手に握らされる
「違うって。これがねえと会えない場所にいるんだよ♪」
行こうぜ、と京の腕を引っ張る紅丸は何だか楽しそうで、腑に落ちない気持ちのまま
その後について行くと、「関係者以外立ち入り禁止」区域に
慌ててパスを首から下げて、ズンズン進んでいく紅丸を追い掛ける

2人が歩く廊下は、準備の最中なのか、機材などを運ぶスタッフで慌ただしい
「今日のライブに紅丸も出るのか?」
紅丸に挨拶して通り過ぎて行くスタッフを横目に見ながら、その背中に問いかける
「ああ。お前に会いたいって言ってるやつもメンバーなんだ」
「へ〜」
とある控え室の前で止まり、そのドアをノックすると、中から「どうぞ」という女性の声
紅丸京に向かってニッと笑いかけ「驚くなよ」と言うと、ドアを開ける
このえ、連れて来たぜ。入れよ、京、紹介するから」
促されて入った控え室の中には、長身で明るい色のショートヘアの女性が1人、
椅子にゆったりと腰かけ、ペットボトルを手にくつろいでいた
初対面のハズなのに、京にはこの女性に見覚えがあった

「紹介するぜ、こいつが俺のダチの草薙京」
「初めまして」
女性がにこやかな微笑みをたたえて立ち上がり、京と握手を交わす
「そしてこっちが今回のライブのボーカル・『KONOE』だ」
「初めまして、『KONOE』こと桑原このえよ。『このえ』って呼んでくれていいわ、宜しく♪」
「…………!!!!」
ニヤニヤ笑う紅丸とこのえをよそに、握手を交わしながら1人愕然とする京
見覚えがあるのも当然、「KONOE」といえば、
今年間ヒットチャートNo.1を記録している超有名アーティストだ。
まさかそんな人物が目の前にいるとは信じられず、呆然とこのえを眺めてしまう
「ほ〜らみろ、だから『驚くなよ』って言ったんだ」
ケラケラと楽しそうに笑いながら言う紅丸の声で我に返り、もう1度このえを見る
「な……何でそんなスゲェ人がここに?」
「今日のライブ、あたしのシークレットライブなのよ、パスに書いてあったの、気付かなかった?」
そう言われて、改めてじっくりとパスを見る。
確かに「KONOE SECRET LIVE」などの文字がパスに書かれている。 紅丸の友人なのだから、そんな大物がいるハズもないと勝手に思っていただけに、
確認しておくべきだったと後悔するが、事既に遅しである

「ふぅ〜ん………君が草薙京くんか〜、思ってた以上にカッコイイじゃない」
「そうだ!!このえさん、何で俺に会いたいなんて言ったんですか?」
何故このライブハウスを選んだのか、何故紅丸と知り合いなのか、
聞きたい事は山程あったが、今はこの事が1番ひっかかっている。 「同じ年齢なんだから敬語もさん付けもなしにして」とクギをさし、
理由を話そうとした時、間が悪く京の携帯に着信が
誰だろうと相手先を見ると『八神 庵』の名が
あまり話す気にはなれなかったが、2人が目の前にいる手前、出るわけにもいかず
「ちょっと……ごめん」
と言って慌てて控え室を出て、人の少ない廊下を選んで通話ボタンを押す

「もしもし……い……庵?」
屋外で、しかも人の多い中で彼の名前を呼ぶのは少し恥ずかしくて、思わず小声で話し掛けてしまう
『今どこにいる』
「どこって………えっと………
とりあえず場所を説明しようと考えていたら、
角からこのえがヒョッコリと顔を出してこちらを見ているの事に気付き、
思わず声を上げる。ニカーーッと笑うこのえに、一部始終を見られていたと気付き赤面する。
するとこのえが近付いてきて、京の手から携帯を奪い取る
「もしもし?今アンタのお姫様はあたしが預かってるわ。
 このままあたしに奪われたくなければ、急いでここに来る事ね」
と宣言すると、庵の言う事も聞かずさっさと通話を切ってしまう

どういう事か把握できずに、このえと返された携帯を交互にキョロキョロと見て、ポカンとしている京に、 このえは不思議そうな顔を向ける
「……あれ?あたしと八神が昔一緒のバンドやってたって……知らなかった?」


控え室に戻り、庵がここへ辿り着くまで、と言って、昔の事を話し始める

このえと庵は、まだ庵がKOFに出場する以前、とある港町でバンドを組んでいた
庵はベーシストとしての才能は素晴らしく、様々な所からメジャーにとのオファーが来ていたらしいが、
とあるオファーを蹴ったために、どのステージにも立てなくなる処分を受けてしまう
そんなある日、このえの父である桑原に拾われ、このえとバンドを組む事になたのだという
このえの歌唱力の素晴らしさもあって、バンド人気は爆発的に大きくなり、
メジャーデビューを果たせる事となったのだが、その直前に庵は突然姿を消し、
バンドは解散するが、桑原のサポートの甲斐あって、
このえは今現在の地位に上り詰める事が出来たのだと言う
「そんで、俺は八神が消えた後、このえのヘルプで呼ばれたのをきっかけに、以来ず〜っとダチなんだぜ」
「へえ………」
このえの昔話で、初めて庵の過去を知る、それも本人からではなく他人から……
外側では何もなかったように装っているが、
内面では自分は庵の事を何も知らないのだ、と 少なからずショックを受けていた

そこへ庵がノックもなしに控え室のドアを開けて入って来る
入ってまず京と目が合ったが、京は何も言わず顔を背けてしまったので、とりあえずこのえに近付く
「何故京をここへ呼んだのか説明しろ」
「何でって…あたしがただ会いたかったからよ」
「何故京を知っている」
「それは………………」
顔は庵に向けたままで、チラッと横目で京を見ながら、何か考えているような素振りをみせるが、
庵に嘘を言っても見抜けれるだけだと悟ったのか、ふうっ、っと溜息をついて座り直す
「紅丸が八神と知り合いだって言うから、最近どうしてるのか聞いたのよ。
 そしたら『恋人がいる』って言うじゃない?
 アンタみたいに人を拒絶して蔑むだけしか知らないような男に、
 どんな恋人ができたのか、興味あったから
 どんな人か問いつめたのよ」
嘘はないわよ、と半ば開き直り状態でペラペラと喋るこのえに、
やれやれと首を振って、紅丸は困ったように天井を見上げる
「そしたら、恋人は『草薙京っていう男』だって言うから……
 どういう人なんだろうって思って連れて来てもらったの」
これ以上何もないと言うように、腕組みをして庵を睨む。それを真っ向から見据えて、庵が口を開く
「俺に『京を連れて来い』と何故言わん」
すると、このえが京に来い来いと手招きをするので、それに従って京が側にやってくる
「だってさ〜、アンタに頼んだって会わせてくれないに決まってるでしょ?大事なお姫様なんだしぃ〜〜」
と言ってニコニコ笑いながら京の腰に抱きついて来る。
京は真っ赤になってどうするべきか迷って混乱している
庵は更に不機嫌な表情になって、このえから京を引き剥がす。 そうすると必然的に庵に抱き締められる形になりってしまい、
恥ずかしくなって庵から離れる
「………ま、アンタに意地悪したかったってのが本音だけど」
そう言って庵に向かって舌を出す。
どんどん2人の間の空気が恐ろしいものに変わって行くので、
紅丸に助けてもらおうと紅丸を見ると面白そうに笑っているので、仕方なく京が割って入る
「でもさ、こ……このえ。『男同士』って事は気になんねえの?」
「ぜ〜〜〜んぜん。むしろコイツにはそれ位の方がちょうどいいんじゃない?
 それに、あたしはそういうの自由だと思うから」
京に微笑みながらケロリと答える。このえらしい、と紅丸がケラケラと笑う
その言葉に嘘は感じられず、京は心底彼女が気に入ってしまった

ちょうど会話が途切れたところに、タイミングよくスタッフがリハーサルの時間を告げに来た。
このえは跳ねるように立ち上がると、パンパン、と顔を叩いて気合いを入れる
「はいはい2人共、さっさと自分の控え室に言って準備して来なさいな。あたしは京と先に行ってるし〜♪」
明らかに庵に向けられたとわかる言葉で、舌を出しておどけるこのえに、
庵はこれ以上ない程睨んでドアを閉めていく
「相当あたしが邪魔なのね、スッゲエ恐い顔してったなアイツ!!」
面白そうにケラケラと笑うこのえに、京は感心の眼差しでみつめる
「そうそう、安心してね、京。昔も今も、あたしは八神の『知り合い』でしかないから」
京の手を取り、にっこりと微笑んで告げる。
京が今「このえは昔、庵の恋人だったのでは」と考えていたのを見抜かれたらしい。 その辺りはさすが女性だと言えよう
「ああいう時、昔は八神に『このヤロー』って噛み付いてかかってたんだけどね〜……
 今は旦那のおかげで丸くなったわ」
そう言って薬指に光る指環を見せてくれる。
本番では旦那に悪いけど結婚してる事はファンに秘密だからはずすのよ、と教えてくれる
まだ会って間も無い自分に、そんな秘密を話してくれる彼女の優しさと気さくさが嬉しかった。
先程まで落ち込んでいた、気分が軽くなるのを感じる


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