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「奴は俺が止める。貴様等は下がっていろ」 後ろから聞こえた声に首を捻ると、そこには闘志を漲らせる八神庵の姿があった。 「八神さん……」 確かな足取りで過ぎて行く背中に、張り詰めていた肩の力を抜いて、 京と庵、宿命で結ばれた2人が対峙するのを神楽と共に見守る。 「久し振りだな……京」 「八神……」 最初に真吾を吹き飛ばした時とは違い、庵を見た事で明らかに 京の顔に動揺と迷いがありありと浮き出ていた。 この状態でもオロチを追い出せそうだが、少し弱らせてからの方が より効果的と踏んだ庵は、久々の京との戦いに、高揚する気持ちを抑えられない。 「次は俺が相手になってやろう」 構えを取り、気を高める庵を前にして、その目は狂気と殺気に彩られる。 「そいつは面白いな…燃えさせてくれよ!!」 戦闘開始の合図のように、2人の間で同じ色の焔が舞い、唸りを上げる。 その異様な光景を見ながら、夜間ではあるものの誰か来ないとは限らないので、 大きな騒ぎになり、野次馬等の一般人がここへ来て被害が出ないよう、 そして京の両親だけならまだしも、草薙と八神の両家一族の耳に入っては 新たな火種となりかねないと見越し、公園の出入りを禁じ、 結界を張るなどの手配を、一緒に来た部下に直ちに行うよう指示する。 「……はあっはあっ……へへッ、楽しませてくれるじゃねェか。 でもまだ足りねェなぁ…俺を殺す気で来いよ、八神」 「…………………」 肩で息をしながらも攻撃を仕掛け、安い挑発をしてこちらを煽ろうとする京に、 庵は冷静な分析をしつつ状況を見極める。 「……やはり弱った体をオロチの力で無理矢理動かしているようだな 動きにキレがない、堕ちたものだな、京」 「うるせェッ」 振り下ろされる拳を難なくかわし、 『百八式・闇払い』を放ちながら後方へ下がり、距離を取る。 「そうまでして敵対するオロチの力に頼る必要がどこにある」 「―――ッ」 その言葉に京の瞳が揺らぎ、迷いが生まれ殺気が薄れ始める。 一瞬を見逃さなかった庵は、絶妙のタイミングで京に向かい、 独特の構えを取ると『裏百八式・八酒杯』を浴びせる。 しかし、その焔の色は蒼ではなく、【八坂瓊】が持つ灼熱の赤に染められていた。 「しまっ…………!!!」 かわす間もなく真正面から食らった京は、 「八酒杯」の技と『封ずるもの』二つの力によって全ての動きを奪われてしまう。 それを眺めながらゆっくりと近付いて来る庵の表情は氷のように冷ややかで、 京は恐怖の余り睨む事も出来ず、いずれやって来るであろう痛みに耐えるべく ギュッと固く目を閉じる。 しかし、訪れたのは痛みではなく、暖かな感触で。 それが庵に抱き締められているのだと気付き、ハッと目を開けると、 そこには悲しみをたたえた瞳を持つ庵の顔があった。 「オロチの下らぬ甘言に惑わされおって……そんな奴の言葉に耳を貸すな。 俺の声を聞け、そして『払うもの』の役目を思い出せ……京!!」 「ぅ…ぁ…………あ……あ…ああぁあぁあぁあぁあぁあッ!!!」 庵に呼応するように京が叫びを上げ、それと同時に京の体から焔が噴き上がる。 その焔はもう闇の色ではなく、【草薙】を示す赤い日輪の炎だった。 すると払い出されたかのように、京から黒いヘビのようなものが シュルシュルと舞い上がり、断末魔の悲鳴を上げながら灰と化して行った。 「何とか祓われたようだな…………っ」 一部始終を側で見届けた庵の言葉を合図にしたかのように、 京はまるで糸の切れた人形のように、ガクリと膝から崩れていく。 それを慌てて支え受け止め、自らの腕の中へ抱え込むと、 一段落ついたとホッと息をつき、肩の力を緩める。 「草薙さん!」 終わったのを確認して、結界を解くとともに神楽と真吾が駆け寄って来る。 グッタリと力ない様子で庵に抱えられている京に、心配そうな表情で 真吾が声を掛け、顔を覗き込んで来る。 「ただ気を失っているだけだ、心配する事は無い」 「良かった……って安心したらイタタタタ か、体が………!」 庵の言葉に安堵を見せにっこりと微笑むと、張り詰めた糸が緩んで思い出したのか 先程受けた傷が痛みだしたらしくうずくまってしまう。 神楽はクスクスと笑いながら、部下を呼び真吾を病院へ連れて行くよう命じる。 部下に連れられて行く真吾の背を見送りながら、庵に向き直る。 「さて、貴方はどうします?」 「とりあえず家へ連れ得る。こいつは俺に任せてくれればいい」 「わかりました」 穏やかに眠る京をみつめる庵の視線のやわらかさに微笑むと、 迎えの車へと足を向け、数歩進んだところで何かを思い出したらしく、 くるりと庵を振り返る。 「もし……あのまま草薙が闇に堕ちてしまっていたとしても…… これまで貴方は、ずっと一人闇の中を歩いて来たのだから、 側にいて、京の進む先を導いてあげればいい事だと…私は思います。 八神の家紋の『月』が意味するものを………もう一度よく考えてみなさい」 そう告げると、今度は振り返る事無くその場を去って行った。 |