「なあユキ、あれからあの赤い髪の奴……来ねェな」
「庵さんの事?そういえばそうね……」

本日の授業のノートのコピー広げ、授業内容の説明をしてくれているユキに、
聞く気のない様子で暇そうに欠伸を噛み殺しながら、話題を反らすように尋ねる。

記憶喪失になって1週間、怪我の治療と検査の為、いまだ入院中の京の許に、
両親は言うまでもなく、ユキと真吾はほぼ毎日、紅丸も時間の許す限り見舞いに訪れている。
だが、庵だけはあの日から1度も顔を見せていなかった。

「……気になる?」
「――まあな」
『いつもだったら真っ赤になって必死に否定してたのに…』
とその時の様子を思い描きつつ、横にいる京に気付かれぬよう、ひっそりと溜息を洩らす。

  庵と京が恋人同士である事は、まだ本人には告げていない。
  そういう大事な事は庵の口から言うのが正しいのであって、
  他人が言うべきではない、と誰が言うでもなく、
  口裏を合わせたわけでもないのに、皆が皆その事には触れずにいる。
  ヘタに告げてしまって、京を混乱させたくない、というのもあるのかもしれない。

『皆京の事だけじゃなく、庵さんとの関係も大事に思ってくれてるのよね…』
それは自分も例外ではなく。
庵と共にいて、楽しそうに笑う京を見るのは、とても好きだった。
だから恋人ではなくなった今でも、京の傍にいたいと思う。
恋愛感情ではなく、京が「好き」だから。
今では年上の相手を弟のようにさえ思っている。
『意外と母性本能くすぐるタイプなのかも知れないわね』
そんな事を考えてその横顔をみつめる。
そんな事を思われているとは知らない京は京で、
何やら考え込み始めた様子で、笑っている事には気付かれてはいないようだが、
この状態になるともう会話はのぞめない、と長年の付き合いから判断し、帰り仕度を始める。

「じゃあ、今日はこれで帰るね」
その言葉にようやく我に返り、ユキに微笑む。
「おう、来てくれて有難うな。気を付けて帰れよ」
その背をゆっくりと見送っていると、扉の前で立ち止まり、くるりとスカートを翻して振り返る。
「考え込むのはイイけど、少しは身体を休めなさいよ?怪我人なんだから」
「……わかってるよ」
相変わらずのお小言に肩を竦めながら、お互いに微笑みを浮かべる。
扉が閉まり、影が消えるのを見送って、京はまた思考の海に埋もれて行く。


『八神家の事は親父から聞いたからある程度は知ってっけど………』


  『草薙』『八咫』と同じくして、三種の神器を護る「封ずる者」の一族…『八坂瓊』
  神聖なる一族でありながら、沸き上がる力への欲望に勝てず、オロチの惑わしに堕ち、
  契約を交わし『八神』と名を変えた、呪われし血脈……
  それゆえ「払う焔」を持つ『草薙』と同じ力を持ちながら、その焔は闇を抱く。

だが何故こんなにも気になるのかがわからない。
血族として、660年という長きに渡り、敵対してきた者だからなのだろうか。

指先に生み出した、赤々と燃える小さな焔をじっとみつめる。
ユラユラと空気の流れに合わせて揺れる姿は、今の自分の心のようにさえ思えてくる。



「お前は………俺の血は……身体は……全部知ってんだよな……」



そう焔に呟いてグッと拳を握りしめて焔を打ち消すと、
未だ痛みを訴える体に眉をひそめつつ、ゆっくりとベッドに身を横たえ、瞳を閉じる。
閉じた瞼の中に一瞬、血のように紅い髪が揺れる。

「八神……庵………………か」

そう呟いて、薬の作用によって引き起こされる眠りに全てを委ねた。



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