入院から1ヶ月が経過した。戦いで負った怪我も無事塞がり、
その後の検査でも「異常なし」と認められたが、相変わらず記憶回復の兆しはない。
このまま病院のような閉鎖された場所にいるよりも、
日常生活に戻る方が、回復の糸口を得やすいだろうという事もあり、
病院側は退院に踏み切ったようだ。


退院の手伝いと祝いにやってきた紅丸・ユキ・真吾の3人は、
帰路につく道をゾロゾロと歩いている。

「やっぱり……強いショックがないとダメなのかしら…」
「そうッスね……」
ポツリと呟いたユキの言葉に、同じように上の空な様子で真吾が答える。
「こういう時にネスツの残党とかクローンでも現れりゃ、
 少しはイイ刺激になるんだろうけどなぁ……」
紅丸の冗談とも本気とも取れる発言に、
「紅丸さん、物騒なハナシはやめて下さいよ〜」
と慌てるも、実際のところはそれも考えなかったワケではない。
しかし、それが実現するという事は、京はまたどこかへいなくなってしまうという事。
京が消えた生活を考えると、庵でなくとも辛さを隠し切れない。
「バーカ、本気にすんなよ。お前がボーッとしてっから言ってみただけだって」
困ったような表情を浮かべて真吾を宥めながら、我ながら不謹慎だったと反省する。


「庵さん……辛いだろうな……」
『私がその立場だったら……どうしてただろう』
呟きながら至った考えに、身震いして、胸元を握りしめる。
「私だったら……耐えられないかも知れない…」
俯いて、か細い音で洩れた声に、2人が立ち止まる。
「ユキさん…」
労るような真吾の声と、優しく肩に触れてくれる紅丸の手に、落ち着きを取り戻し、
肩にある手に自分の掌を重ねながら、その相手を見上げる。
ようやく見る事の出来た顔に柔らかな微笑みを返し、
そのまま虚空へと視線を向ける。




「あいつ……いつまで八神との事を忘れてるつもりなんだろうな……」




















一方、ようやく戻って来た草薙家の縁側では、京が紫煙を燻らせて、
ぼんやりとした表情で思考に耽っている。

自宅だというのに、何故か違和感が拭えない。
長年住んでいるハズのこの場所を、心のどこかが『ここではない』と否定する。
その奇妙な感覚に首をひねりながら、灰皿へと伸ばした腕には、
消えかかってはいるものの、ありありと傷痕が刻まれている。

仲間からの話と大会のビデオなどで、失った8年間に起こった出来事は、
ある程度知る事はできたが……現実感が全くない。
人類を滅ぼす神・オロチ……
世界征服を企むNESTS……
そして自分の焔を操る能力を移植された改造人間……
己と寸分違わない程同じ顔をしたクローン人間……
夢だと言われてしまえば、そうだと受け入れてしまいそうな程、ありえない事ばかりだ。
そんな中で、自分は何を感じ、何をしてきていたのだろうか。
記憶にあるよりもずっと多く増えているこの身体の傷を見る限り、
かなり過酷な修羅場をくぐり抜けていたのはわかるが……


そして、記憶がこのまま戻らなかったらどうなるのだろうか。
…以前と全く変わらない生活が送れるのならそれでいい。
―だが、自分の記憶が抜けた8年間に出会った人々、
行った場所、出来事は永遠に失われる。
それがこれまでの自分を形成してきたのだから、なくしたくはない。


意識が戻った時に見た、庵の安堵した顔……
「誰だ」と言った時の驚きと悲しみの混じったような顔が、
今でも脳裏に鮮明に焼き付いている。
それを思い出す度に、頭だけではなく胸もキリキリと締め付けられるのに。 あんな表情を他にもさせてしまうのだとしたら、それだけは避けたいと思う。

―それはわかっているのだが…
記憶を回復させる術を、自分はもたない。

堂々回りになりつつある思考を断ち切るように、煙草を灰皿で揉み消し、
新たな1本に火を付けながら、その煙の行方をみつめる。



『そういやぁ……今日は庵の奴、来てくれなかったな…』
入院中は何度か見舞いに来てくれていた。
時刻は決まって夕方で、いつも自分が起きるのを窓辺で待っていて。
起きて声を掛けると、夕陽の照り返しを受けて、
普段は何故そんな不機嫌なんだと言わんばかりの仏頂面が、少しだけ微笑んで。
その顔は絵になる程とても綺麗で…いつも見蕩れて…………

そこでようやく自分がアブナイ思想に耽っているのに気付き、
頭を振ってその思考を追い払う。
『ヤベェヤベェ……俺にはユキって恋人がいるのに…
 何であんな奴の事考えてんだ』
煙草の煙を肺いっぱいに吸い込んで、紫煙を吐き出しつつ、心を落ち着かせる。
『……そもそも笑ったのだって、俺が寝惚け面だからだったワケだし…』
必死に言い訳して自分を納得させようとしている事に、
何となく虚しさを覚えないではなかったが、
そうやってあれこれ考えている内に、ふとある事に気付く。
『―ちょっと待てよ……窓際でいつも俺が起きるまで待ってるよな。
 じゃあアイツ…俺の寝顔ずっと見てるって事か……!?』
自分で考えた事に顔を真っ赤に染めてパニックに陥り、
慌てた拍子に煙草を落としそうになってさらに焦り、
とにかく何とか灰皿に戻して、深呼吸。


「あーあ……ダチってだけの相手に、何慌ててんだろ……俺」
せわしなく鼓動を刻む心臓はまた、裏腹にズキズキと痛みを与えてくる。


それが何を意味するのか、今の京に知る術は――――ない





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