闇に溶け、閑散とした倉庫街

とある倉庫の2階の一室から洩れる明かりだけが
周囲を仄かに照らしている。


     ―よもやまさか……再びこうして主と話が出来ようとはな……


まるで暗闇から浮き上がるかのように、嘲笑の響きをもって
己の中から[自分]へと掛けられる―――声。

「貴様か」


     ―せっかくの安寧の日々を捨てるとは……主も愚かな事をしたものだ


この声は庵自身にしか聞こえない―内なる声。
いつから聞こえ始めたのか定かではないが、庵を[主]と呼び、
常に庵を揶揄し嘲笑する、庵自身とは異なる存在。

「消えろ…………殺されたいか」


     ―ククッ………主があの場所へ戻るなら、いつでも消えてやるがな…


答える代わりに、ありったけの力を込めて壁を殴りつける。
崩れ落ちる壁と共に声は消えていたが、まだ耳に残るようで。
忌々しげに舌打ちすると、唯一の荷物として持って来た
愛用のアコースティックギターを手に取り、部屋を後にする。



波止場に腰掛け空を見上げれば、淡い光を放つ満月。
その光の下で、誰に聞かせるでもなく弦を爪弾く。
「風のアレゴリー」
歌うでもなく奏でるギターの音色は、曲調も相まって
物悲しい響きで波間に消えていく。

そうして黒い海を眺めていると、ふと昔の事が脳裏をよぎる。
ここに似た場所で、今この世にはいない少女と交わした会話……


   「月は…庵さんです。綺麗で…静かで…優しく光っているでしょう?」


その少女の微笑みが、姿を変える。
背に抱く日輪のように明るく元気で、負けず嫌いで。
己の心の中で、今もなお揺るぎなく輝く存在。

最後に見た、仲間に囲まれ、朗らかに微笑む顔を思い出す。





  俺の存在がなくとも、笑っていられる程、あいつは強い。
  共にいれば、いずれあいつも闇の道に堕ちることになるだろう。
  
  お前には…………光の中で笑っていて欲しい。

  その為になら……俺は一生一人で構わん。





「ハッ………感傷に浸るとはな……俺も堕ちたものだ」

吐き捨てるようにそう言うと、もといた一室へと戻り、
海から昇り始めた朝日に背を向けるようにして、ゆっくりと目を閉じた。














































草薙邸―
その美しい庭を臨む一室が京の部屋としてあてがわれている。
本来の住まいは庵のマンションだが、そこに済むのは辛かろうという事で
療養の延長のような形で今現在はこの実家にいる。


「そっか…もういなくなってたのか」
「ええ…気付かれたのか偶然なのかは定かではないのですが……ごめんなさい、草薙」
「無理言って頼んだのはこっちだし。ホント有難うな、神楽」





 京を頭首とし草薙の剣を司る[払うもの]草薙
 庵を頭首とし八坂瓊の勾玉を司る[封ずるもの]八神
 同じくして、ちづるを頭首とし八咫の鏡を司る[護るもの]神楽。本名は八咫というのだが、
 人類を滅ぼす荒ぶる神―オロチ―の封印を、その手の者から護る為、
 神楽と姓を変え、今も封印を護り続けている。
 
 草薙・八神両家は焔をその力の象徴とするが、
 神楽家だけは違い、鏡と舞をもって力とする。
 そしてその鏡には、特殊な力を有し、
 遥か離れた所にいる、特定の人物の動向を視る事ができるのだ。



その力を使い、行方不明となった庵の捜索を買って出てくれたのだが、
まるでその事を予想していたかのように、庵の姿を捉える事が出来ないでいる。
その為、神楽はかつてのチームメイトだった不知火舞にも協力を要請し、
徹底した追跡を行ってくれている。





「それより草薙、ちゃんと食事を摂って眠っているのですか?」

先程までの硬い表情を和らげ、労るような優しい雰囲気をまとう神楽に、
意外だと言うようにキョトンとした様子を見せたかと思うと、プッと噴き出す。

「何ガキ相手みたいな事言ってんだよ……オフクロみてェ」
「なっ…私は真剣に」
「だーいじょうぶだって。ちゃんと食って寝てるよ」

ムッとした相手に謝罪の意味で手を上げながら、
冗談が通じない奴だな〜などと考えつつ、溜息と共に答える。

「それならいいのですが…」

明るく言う京の姿に安堵しながらも、幾分青白くなった肌と痩けたように見える。
頬の影から察するに、完全にその言葉を信用出来るものではないが、
心配する自分を気遣っての言葉だと判断し、「また来ます」とだけ告げて屋敷を後にする。


その背を見送った後、縁側に腰掛け空を見上げながら、今までを振り返る。










「う……っ」
「おっ、気が付いたか」

ぼんやりした様子で目を開けた京を、傍らにいた紅丸が心配そうに覗き込む。

「ここは?」
「病院、お前八神のマンションでブッ倒れたんだぜ?…ったく、ビックリさせやがって」

安心した様子で破顔する紅丸の言葉を、まだ正常に働かない頭の中で反芻する。

「八神の……?」

虚ろだった目が突然カッと開き、勢い良く起き上がる。

「そういやKOF…大会はどうなったんだ!?」

必死な様子で食って掛かかる京に、キョトンとする紅丸。

「……何言ってんだ今更」
「俺、ルガールの戦艦の瓦礫に巻き込まれて…どうなったんだ?」

「――! お前、記憶が…!!」

ハッとした紅丸との噛み合ない会話に疑問を感じ説明を求めると、
大会後から数ヶ月の間、記憶喪失状態に陥っていたのだと教えられる。

それだけでも混乱していくのに、さらに追い討ちを掛けられるように、
庵がその間に一枚のメモを残して消息を断つという衝撃の事実を聞かされる。
嘘かタチの悪い冗談だと笑い飛ばしたかったが、
複雑そうな表情で渡されたメモは、間違いなく庵が書いたもので―――――










これまでを思い出しつつ、何となく喉の渇きを覚えてキッチンに足を向けると、
来客中であった事に気を配ってくれたらしい母・静が、テーブルの上に昼食を用意してくれており、
『温めて食べなさい』と紙が置いてあった。
椅子に座り、とりあえず温めたスープを飲もうとヅプーンを掴み、
スープを口に運ぼうとするが、途中で元の位置に戻してしまう。



―――あの日から、食欲が全くわかないのだ。



目の前にあるサラダも、スープも、コロッケも。美味しそうだとは思うのに、
体がそれを拒絶し、受け入れようとしない。

動揺しているつもりはなかったのだが、実際は相当のダメージだったようで。
意外にモロかったんだな、とまるで他人事のように考える。
再びスープをすくおうとその水面を眺めると、その表面が波立ち始める。
奇妙に思っていると、それは自分の手がカタカタと震えているせいだと気付く。
震えを止めようとしている内に、目の前が滲み、スープの中に雫が落ちる。
それを止める事も出来ず、京はただただ唇を噛み締めるほかなかった。
















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