部屋に閉じこもっていても余計に気分が落ち込んで行くばかりの京を心配して、
静は気分転換にバイクで出掛けてみてはと提案する。
ちょうど京も同じ事を考えていたらしく、久々に晴れやかな顔を見せると、
「ちょっと行って来る」と残し、入院中もきっちりメンテナンスされていて
ホコリ一つない愛車にまたがり、一路海岸を目指す。



「ふ〜〜〜っ……来て正解だったな〜…」

大海原と青く澄んだ空を眺めながら、潮風を吸い、羽を伸ばすように体を伸ばす。
暦は既に春とはいえ、気候的にはmだ冬の海岸に人気があるハズはなく。
だがかえってこの静かに打ち寄せる波の音だけが聞こえる世界は、
鬱屈した気持ちを洗い流してくれるような思いだった。


波打ち際に座り、サラサラと指の間をすり抜ける砂を、ボンヤリとみつめる。
それに今の自分達を重ねてしまい、悲しい微笑みを浮かべるのだった。























神楽邸―――
不知火舞から『八神庵を発見』との連絡を受けたちづるは、
その場へ急行すべく屋敷の外に用意された車へと向かう。


門を出て、車に乗り込もうとした目の端に見知った顔をみつける。

「矢吹くん…?どうかしたのですか」

声を掛けられた事で、何かに意を決したように、まっすぐな瞳を向ける。

「ちづるさん、お願いです。俺も一緒に連れて行ってくれませんか?」







草薙家のある市内から、そう遠くはない位置にある、郊外に立ち並ぶ倉庫街。
その一角に車を止めさせ、確信を持った足取りで神楽は一つの倉庫へと進んで行く。


行方をくらませた限りは京が追い掛けて来られないよう、
遠方へ向かう筈だと予想し、捜索の範囲の輪を広範囲に設定した。
最初は神楽の予想通り、その範囲の圏内ギリギリの辺りで庵発見との報告があり、
更に遠方へと移動するのを確認し、捕捉出来るとふんでいた。

しかしある時からその消息の糸がプツリと切れ、見失ってしまったのだ。
その後協力者の舞が発見したのがこの場所。
相手の裏をかき、遠方へ向かったと思わせておき、近場へ戻らないと信じ込ませ、
密かに戻る事で捜索の網をスルリと抜け出していたのだった。


何故そのような巧妙な手口を使ってまで逃れる必要があるのか、
問い詰めたい気持ちを抱きつつ、気配のある一室に辿り着く。



「どうしても八神さんに言いたい事があるんです」

そう言って共に付いて来たまっすぐな少年の瞳に望みをかけるように、
先に行くように促し、神楽自身は彼の邪魔にならぬよう、扉の前に控える。










「誰かと思えば貴様か…何の用だ」

気配を既に感じ取っていたらしい庵がくるりと振り返る。
その眼は京の側にいた時と違い、鋭利な刃物のような鋭さが戻ってきていた。
しかし真吾はそれに怯む事なく、真正面からそれを受ける。

「八神さん……あなたを連れ戻しに来ました」
「断る」

これ以上の会話をするつもりもない、という意思表示をするように
冷たい響きを持つ声と視線が容赦なく真吾を射抜く。

「……それは…草薙さんの記憶が戻らないからですか?
 八神さんの事を知らない草薙さんには興味がないからですか?」
「―――バカな事を」

庵の放つ殺気に似た雰囲気にひるみながらも、
真摯な面持ちでまっすぐに自分に問いかけて来る姿に、
眉間の皺を深くしイラ立つ様子を見せながら、
吐き捨てるような嘲笑を込めた口調に激しい怒りを覚えた真吾は、
その胸倉を掴み上げて自分に引き寄せる。


「だったら、何故こんな時に草薙さんを突き放すような事をするんですか!?
 今草薙さんに必要なのは俺達じゃなくてあなたなのに!!」



「……………………」



叫ぶ真吾の台詞に何も答えはしないが、噛み締める唇と睨んでくる眼が
『お前に何がわかる』と言っているようだ。
それを感じてゆっくりと掴んだ手を離し、俯く。

「…俺には、あなたの気持ちなんてわからないし、わかろうとも思いません。
 ………だけど、他の人は違っても、あなただけは……―――
 あなただけは絶対に草薙さんを離さないでいてくれると信じてました」

それを聞いていた庵の眼と雰囲気が、急速に冷たさを増して行き、
真吾を見る黄金の眼は、もはや何も映していないように見える。



「…………思い違いもイイところだな」



嘲るように言われたその言葉にカッと眼を見開くと、
ありったけの力を込めて庵の顔めがけて拳を振り上げる。
かわされるか受け止められる覚悟だったが、
それはどちらも行われる事なく顔面にヒットし、庵は床に叩き付けられる。
内側が切れ、口の端から流れる血を拭う事もなく、
半身だけを起こして何事もなかったかのように冷徹な視線で真吾を見上げる庵に、
やりきれない怒りが涙になって溢れて来る。

「あなたがそんな人だったなんて思いもしませんでした…っ」

涙を拭いキッと睨むと、部屋を出る為に庵に背を向ける。

「草薙さんは俺が貰います。八神さんなんかに任せたのは俺の間違いでした」

吐き捨てるようにそう言い残すと、外で待っていた神楽をみる事もなく
無我夢中で走り去って行く。


その足音を遠くに聞きながら無表情に立ち上がると、
ようやく思い出したとでもいうように口元の血を拭い、側にあった煙草に火をつける。



「―――で?お前も奴と同じように俺に説教でもしに来たか」



フーッと紫煙を吐き出した先に、壁に預けた体を揺らし、
静かに現れた神楽が、これ以上ないという程の美しい微笑みを向ける。





「ええ、そのつもりです」
































その頃、浜辺に佇む京は、相変わらず砂を掴んでは風にさらし、
サラサラと流れて行く様をみつめながら、思考の海を漂っていた。





   庵がいなくなって……もうどれ位経つんだっけ…
   どれ位…アイツと話してねぇのかな……
   どれ位………あの指に触れてないんだろ……

   何か…一緒にいたのがスゲエ遠い事みたいだ…
   「あの日々は嘘だった」って思えたら……
   少しは気分が楽に………なれんのかな……





「あ〜あ…どこに行っても庵の事ばっか。相当アイツに参ってんな…俺」

誰に言うでもなく自嘲めいた響きは、己を苛むばかりで。
庵に合わなければ真意を確かめられないのに、そんな中で答えを出せる筈もない。
しかし、それが残酷な結果だったら……自分は立ち直れるだろうか。
あの口から自分を拒絶する言葉が紡がれたら、自分は正気でいられるだろうか……





  ―拒絶されるのが恐いのか、ならば永久にお前のものになれば良いのだろう?





「……!?」

急に聞こえて来た声に驚き周囲を見渡すが、それらしき人の姿はどこにも見当たらず、
キョロキョロと首を巡らし、気配を探る。



  ―お前を苦しめる者など殺してしまえ。そうすれば拒絶の言葉を聞く事も、
   お前の側を離れて行く事も永遠になくなるぞ?




「………何言ってやがる」



  ―強気な言葉の割には動揺しているな…何、怯える事はない、
   我を受け入れ、己が望みを叶えよ。




キイン、と耳障りな音を響かせながら頭に聞こえる声を振り払おうと
身を捩ってもがくも、声は執拗に誘惑の言葉を囁き続けて来る。



  ―八神庵に逢いたいのだろう?離れたくはないのだろう?





「―――ッ」

心の中を激しく揺さぶられた京は、その言葉に思わず、胸ポケットにしまった
庵のメモを助けを求めるように服の上から握りしめる。

―――――しかしそれは誘惑を受け入れる事を示していて。

そこから湧き出すようにして、黒い澱みが心の中へと侵蝕してくる。
拒もうとあがくも効果はなく、さらに加速度を増して行く。

「う……うぅッ」

苦しみの余りガクリと膝をついてうずくまり、
侵蝕に抗うように砂をザリザリと掴みながら、呻き声を上げながら体を震わせる。







震えが止まったと同時に全ての動作がピタリとやみ、
まるで氷漬けにされた人のごとく固まってしまったかに見えたが、
フイに力なくダラリと力なく背中を丸めた姿勢で地面に座り込むと、
泣いているかのように顔を覆い、ブルブルと肩を震わせ始める。





クッ………ククッ……クッ…………―――――――――
 …………はっ…はははは…はは………はははははははは…………
 あーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!





狂気を孕んだ笑いは波音を掻き消すように強く、
周囲をも黒く染めるようにどこまでも響き渡って行った―――――――――



















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